episode7 ライバルを打ち倒せ!

98. ヤマタノオロチ

 ☆ ☆



 翌日、全軍をもってヘルマー領を出立した私たち。

 数はゲーレ軍5万、東邦軍5万、ヘルマー軍2000。対するアルベルツ侯爵軍は、王都にいる軍が約10万。そこへモルダウ伯爵家の援軍が1万。

 数はほぼ互角だが、不安要素としてオルティス公国の動きが気になるところだった。


 まずは作戦どおり、ゲーレ軍本隊を先頭にして王都を目指した。王都を戦火に巻き込むわけにはいかないアルベルツ侯爵の軍も当然王都から打って出てくる。

 ここまではイーイーの想定通りだった。



 王都とヘルマー領の中間地点辺りで、ゲーレ軍とアルベルツ軍は睨み合っていた。お互い相手に七天がいるということが分かっていたので、下手に仕掛けられないのだ。もし七天を失うことになってしまっては、戦局が一気に傾いてしまう。


 ゲーレ軍と対峙したアルベルツ軍は、まずは使者を送ってきた。それは、ゲーレ側に属している体のヘルマー伯爵家に対して「従属しているはずのヘルマー伯爵家がアルベルツ侯爵家に歯向かってゲーレや東邦と手を組むとはどういうことか?」というような内容だった

 これに対してゲーレ軍後方にヘルマー領の兵士たちを率いて控えていたユリウスは、アルベルツ侯爵と決別する旨の返答をして、侯爵との因縁を断ち切った。


 だがこれはあくまでも儀礼的なもので、アルベルツ侯爵も自ら放った諜報員からの情報でヘルマー領の情報は掴んでいるはずなので、ユリウスが侯爵と手を切るはずだということは分かっていただろう。



 続いてアルベルツ侯爵はユリウスの予想通り、こちらの大義を問うてきた。その上で、「貴殿達のやっていることは謀反である」と断じ、ヘルマー、ゲーレ、東邦の連合軍を悪者に仕立てあげようとしてくる。


 だが、そこでサヤの秘策が炸裂することになった。


 なんと、アルベルツ侯爵に対して「こちらは亡き国王の孫を連れている。彼を擁立して即位させる」と宣言したのだ。


「さて、これで敵さんは泡食って驚いているでしょうね。自分たちで始末したはずの孫がまさか相手方にいたなんて……ってね」


 ゲーレ軍後方に位置している本陣のゲル──テントに控えていたサヤは、会合の場でそうほくそ笑んだ。


「どうしてアルベルツ侯爵は亡国王のお孫さんを殺害していると思ったのですか?」

「だって、そうしないと王位継承順位の低い娘を即位させられないもの。逃がして後で見つかったとなればアルベルツ侯爵からしてみたらかなり困ったことになるわ」

「なるほど……」

「しかも──」


 サヤは人差し指を立てながら続ける。


「──アルベルツ侯爵は孫を始末したという事実を公にできない。そんなことをしたら悪者になるのはアルベルツ侯爵の方だから。つまり、私たちが孫を保護したと言っても、それを嘘だと断ずることはできないのよ」

「それで、どうするの? どこかの子供を身代わりに使うの?」


 イーイーが首を傾げると、サヤは首を横に振った。そして、不思議がる一同の前でパンッパンッと手を叩いてみせる。

 すると、本陣のゲルの幕を開けて、一人の少年が入ってきた。この人は誰だろうかと、皆が不思議そうな表情をする中、パトリシアが歓声を上げた。


「王子様っ!?」

「あら、上手くできているみたいね。よかったわ」


 サヤがにっこり微笑むと、少年はパトリシアに向けてぺこりと頭を下げる。少年の姿を興味津々の様子で眺め回していた。


「はい! どこからどう見ても王子様です! さすがは七天のサヤさん……」

「もしかして……これはサヤさんが作ったゴーレムですか?」

「そ。王位継承順位第一位の王子がこちらについていると知れば、アルベルツ侯爵やモルダウ伯爵の軍から造反者が出るかもしれないでしょ? あとはイーイーの腕の見せどころよ」


 私の問いかけに、サヤはさも当然だとでも言うように頷いた。イーイーはそんなサヤの言葉を聞いて表情を引き締める。


「責任重大ね……でも、だからこそやり甲斐があるわ! アタシじゃないとこなせないもの!」

「ええ、ゲーレの姫であるイーイー様がセイファート王国の王子様を担ぎ上げているという事実は大きなインパクトを与えると思います」


 パトリシアも強く頷く。するとイーイーは気分を良くしたらしく、胸を張りながら力強く宣言した。


「いいわ! あとはアタシに任せなさい。あんた達は手筈通りよろしく。──失敗するんじゃないわよ?」

「大丈夫だよ。あたし、生まれてこの方他人に負けたことないし」

「それ、七天と戦ったことないんですから当たり前ですよね!?」


 一人でゲーレにいた時とは打って変わって自信たっぷりに言い放ったシーハンの後について私たちはゲルから外に出る。

 私、シーハン、サヤ、タマヨリヒメ、アメノウズメ、ミリアムの六人は顔を見合わせると頷きあった。そして各々近くに止めてあった馬にまたがって本陣から飛び出してアルベルツ軍を目指した。


 相変わらず馬に乗れない私は、サヤの後ろに乗せてもらった。


「しかし、あんなに小さいアメノウズメも上手く乗ってるのにティナは相変わらずなのね……」

「だって……怖いですから」

「はぁ……そんなことでよく冒険者になろうなんて思ったわね……」


(べ、別に馬なんかに乗れなくても冒険者できるしっ!)


 私がムッとしているうちに、5頭の馬はアルベルツ侯爵軍に肉薄する。ここまで近づいても敵は「たかが5頭」と思っているのか、目立った動きを見せなかった。

 そして、真っ先に仕掛けたのはタマヨリヒメだった。

 彼女は右手を天に向けて掲げると、それをそのまま顔の前に持っていく。



「──『呪印開封じゅいんかいほう』!」


 一声叫んだタマヨリヒメは、思いっきり右手首に噛み付いた。

 真っ赤な鮮血が飛び散る──かと思いきや、代わりに腕から溢れ出したのは黒い禍々しいまでの魔力の塊。


「これって……」

「危ないから一旦離れるわよ!」


 そう叫んだサヤに従って、残り4頭の馬は散開してタマヨリヒメの元から離れた。

 黒い魔力に包まれたタマヨリヒメは次第にその姿を変えていく。馬で駆けていく勢いそのままにアルベルツ侯爵軍に突っ込んでいったソレはもはや人間の形をしていなかった。


 全長10メーテルはありそうな黒く長い胴体。ヘビを思わせるソレの頭部は八つ。それぞれが首をもたげながら、唖然としているアルベルツ侯爵軍の兵士たちに噛みつき、押し潰し、口から魔力の塊を吐きつけて吹き飛ばし始める。


(やっぱりタマヨリヒメさんってバケモノだったんですね!)


 その姿はあまりにもおぞましく、あんなのが敵にいたらと考えると冷や汗が出てきてしまう。



「タマヨリヒメの捕食した呪いの中に、身体を化け物に変えてしまうものがあったみたいで、彼女はそれを自分の能力として取り込んでいるの。──神魔獣『ヤマタノオロチ』。あれを止めるには向こうも七天を出すしかないんじゃない? ……さあどう出る? アルベルツ侯爵」


 敵の陣中で繰り広げられる惨状を眺めながら、サヤは落ち着いた声で呟いた。

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