56. 東邦の巫女

 ☆ ☆



 ゴーレムの襲撃を切り抜けた私たちは、捕らえた少女を尋問することにした。

 裸の少女の局部に布を巻き、その上から私のマントを羽織らせると、リアの手を借りて木に括り付ける。


「ねぇねぇティナ。あたしが尋問してもいいよね?」


 リアはゴーレムに握りつぶされそうになったせいでかなり機嫌を損ねているようだ。実際、今のリアはケロッとしているが、アマゾネスの腕力と丈夫な身体がなかったら大怪我をしていただろう。

 しかし、今のリアに尋問を任せたら何を始めるか分かったものではない。


「いや……それは……」

「おい、起きろやこらぁ!」


 私が制止する間もなくリアは足を振り上げ、そのまま少女のむき出しの腹に足の裏を押し付けた。


「げほっ!? ……ゴホッゴホッ!!」

「あぁぁぁぁぁっ!? なにやってるんですかぁ!!」


 目覚めて咳き込む少女の姿に私は思わず叫んだが、リアはもはや聞く耳を持たない。



「おいお前こらぁ! なんであたしたちを襲ったんだ、答えろこらぁ!」

「ひぃぃっ! ごめんなさいごめんなさい! ……ゴホッ」


 少女はダークブラウンの瞳にたっぷりと涙を浮かべながら怯えていた。リアは更に畳みかける。


「質問に答えろこらぁ! 謝ってるだけじゃわかんねぇだろあぁ!? お前東邦人だよな? 東邦人は野蛮だってきいたぞこらぁ!」


(リアさんの方が100倍野蛮だと思う……)


 そう思ったがもちろん口には出さなかった。

 すると少女は途端にぐったりと項垂れてしまった。


「──して」


「あぁ!? 声が小せぇぞこらぁ!」

「──ころして」

「!?」


 少女は確かに「殺して」と口にした。その様子は酷く思い詰めている様子で、ただならぬ気配を感じる。彼女の両目からは既に涙がポタポタと溢れ出していた。


「殺してよっ! 失敗したからどうせわたしは殺されるんです! 散々に身体を弄ばれてから捨てられるんですっ!」

「お、落ち着いてください! 何があったんですか?」


 私はリアを押しのけて少女に詰め寄った。しかし少女はすぐに私から目を逸らしてしまう。


「知ってどうするんですか? 知ったらあなたもすぐに殺されますよ? ──あの方なら簡単にそれを──」

「──あの方とは?」


 尋ねると、少女はしまったとばかりに慌てて口をつぐむ。


「ごめんなさい。──私の名前はティナ。ティナ・フィルチュといいます。こっちはリアさんです」

「……」


 少女は黙ったままだ。


「誰に命令されて私たちを攻撃したのか、教えてくださいますか?」

「……無理……無理です。そんなことをしたらわたし……わたしは……」


(本気で怯えている……多分、死ぬより恐ろしいことを……)


 少女の様子を見ていると、私はその背後にいる黒幕に無性に腹が立ってきた。年端もいかない女の子を脅して支配して、使って失敗したら捨てて……そんなことがまともな人間にできるとは思わない。


「大丈夫! 私が守ります! 身の安全は保証しますから!」

「無理、無理なんです……あの方からは逃げられない……誰も……」



「わかりました。じゃあ別のことを聞きますね? ──その魔法は誰から習いましたか?」

「……?」


 質問の意味がわからないらしく、首を傾げる少女。私は少女の瞳を覗き込みながら続けた。


「あのゴーレムを使役する魔法、そして認識遮断の魔法を使う人に心当たりがあるんです。──七天『捲土重来restrike』のイザヨイ・サヤさんでは?」

「どうしてそれを!?」


 驚いた少女はすぐにまた「しまった」といった表情になる。つくづくわかりやすい子だ。好感が持てる。


「私も七天のはしくれですからね。サヤさんの使う魔法くらいは覚えています。──彼女は魔法学校に入学した時には既にかなりの魔法が使えていたみたいですし」


 少女は「そっか……じゃあもう隠す必要はないかな……」と小声で呟いた。そして意を決したように語り始める。


「わたしは……東邦帝国の巫女、アメノウズメといいます。イザヨイさんは……わたしの姉弟子でした。魔法は──師匠から習いました」

「そうだったんですね……」


 東邦帝国の巫女は、セイファート王国の魔導士と同じような立場だという。しかし巫女は一子相伝。師匠は一人の弟子にしかその技を伝承しない。が、12歳になって拐われるような形でセイファート王国に連れてこられたサヤの代わりに、このアメノウズメという子が巫女を継ぐことになった。ちなみに『アメノウズメ』というのは巫女名で、師匠から技とともに受け継がれたもの、本名はまた別にあるのだという。


「でもそんなアメノウズメさんが何故こんなところで私たちを襲ったんです?」

「それは! 帝国から同盟を結ぶために使者として送られたわたしをアルベルツ侯爵が捕らえて……あっ」

「なるほどなるほど……」

「いや、違っ! ちょっと、あの、やめて、いやぁぁぁぁぁぁっ! わたし死にたくない! 死にたくないよぉぉぉっ!」

「お、落ち着いてください! アメノウズメさんは私たちが守りますから! 私は二回もライムントの襲撃をしのいでるんですよ?」


 私が彼女の肩に手を乗せながら言うと、彼女はガクガクと震えながらもそれ以上騒ぐことはなかった。しきりに深呼吸をして気持ちを落ち着かせようとしている。


(殺してほしいのか死にたくないのかどっちなんだこの子は……)


 でも、予想外に簡単に口を滑らせてくれた。この子はかなりポンコツなのかもしれない。


(そうだとわかれば!)


「やっぱりアルベルツ侯爵の差し金でしたか……。確かにライムントではなくアルベルツ侯爵が直々に命令しているのであれば私を直接狙うのも……」

「……いいえ、あなたたちを殺せとは言われてません。──品評会に出るのを阻止しろとしか……」

「品評会出場の阻止が狙い……予想どおりですね」


 すると、しばらくそこら辺につまらなそうに突っ立っていたリアが、私の耳元で囁いた。


「どうするティナ。この全裸ロリが言ってること信じるの?」

「裸なのはっ! わたしの力がまだ未成熟で、二体のゴーレムを操作しながら服の認識を遮断できないからですっ!」

「ふーん? 身体はティナよりも成熟してるのにね。アマゾネスならそのサイズがあったらもう交尾できるよ?」

「「ぶふっ!?」」


 私とアメノウズメは同時に吹き出した。やはりいきなりそういう系の下ネタをサラッと仕込まれてしまうと、本当に私は弱い。最近セクハラレベルでやたらと下ネタを言われ続けているというのに、まだ全く慣れる気配がないのだ。そして、私はこの子にもっと重要なことを尋ねなければならないのを思い出した。


「そうだ、アメノウズメさん。あなた──」

「なんですか?」



「身長は私よりも小さいのに……いったい何を食べたらそんなに胸が成長するんですか!?」

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