episode4 特産品を売り込め!

53. 焦りは禁物


 ☆ ☆



 今日も今日とてヘルマー領ハイゼンベルク城の厨房には美味しそうな匂いが充満している。私が寝る間も惜しんで一番ヘルマー牛の良さが引き出せる料理を試行錯誤しているからだ。

 おかげで味見役に駆り出されているユリウスやリア、親衛隊のマッチョたち、ギルドマスターのおじいちゃんたちは一日中満腹だろう。


 結局、ゲーレでの交渉は上手くいって私たちは解放された。去り際にシーハンは「色々ありがとうねー」と言いながら私たちに武器を返してくれた。

 ゲーレは次回からはヘルマー領ではなく北方のモルダウ領側からアルベルツ領へ攻め込むことを約束してくれた。

 これは、モルダウ伯爵家のお抱えであるマテウスを毛嫌いしているキャロルやリアをはじめとするアマゾネスたちを大いに喜ばせた。


 そればかりか、イーイーの申し出でヘルマー領の野菜や家畜などが一部ゲーレと取引できるようになったので、商業ギルドのマスターのホラーツや農業ギルドのマスターのセリムは歓喜した。


 アマゾネスと手を組んだ狩猟ギルドは着実と領地に潜む魔獣たちを討伐していき、魔獣の被害が激減した領内では、輸出量を増やすために野菜や家畜が増産されている。


 全ての事柄が今のところ上手く運んでいて、少し不気味なほどである。


(あとの問題は労働力……そしてアルベルツ侯爵家……)


 むしろその二つが一番の難関かもしれない。


(ううん、まずは目の前のことを考えないと! 品評会でヘルマー牛が認められたら、労働力を呼び込むことはできるかもしれないし、ゲーレとの取引でも値が上がるかもしれない!)



「よーしっ!」


 私は自分の頬をパンパンと叩くと、振りなれたフライパンを振るって肉を焼いていく。今作っているのは、ミンチにした牛肉を豚肉や卵や麸などと混ぜ合わせて焼いた肉料理──『ハンブルグ』というものだった。


「……なぁ、師匠」

「だから師匠はやめてくださいっていいましたよね……?」


 背後から話しかけてきたのは料理の弟子になったウーリだった。彼はずっと私と厨房に立って技を盗もうとしている。実際彼が作れるようになった料理もいくつかあって、私がヘルマー領に着いた当日に作った『牛肉チャーハン』なんかはしっかりと自分で作ってたまに私に振舞ってくれるようになっていた。


 ウーリは私の肩にポンと手を乗せながらこんなことを口にした。


「ちょっと最近根を詰めすぎじゃねぇか?」

「……そうですかね?」

「オレにはそう見える。何を焦っているんだティナらしくない」

「焦ってるつもりはありませんけど……」


(何を言ってるのウーリさんは……?)


 気づいたらウーリの言葉に少し苛立っている自分がいるのを感じた。いけないいけないと思い直してブンブンと首を振る。彼の言うとおり、私は焦っているのかもしれない。


「ハンブルグなんて牛肉の割合少ないんだからヘルマー牛の良さが伝わらないんじゃないか? 確かに美味いけどな、それはヘルマー牛が主役の料理と言えるのか?」

「……そうですね」


 私はため息をつきながら火を止めフライパンを置いた。厨房の椅子に座ると、フラっと目眩がした。


「ティナがゲーレに持ちかけた交渉は上手くいった。上手く行きすぎたと言ってもいいだろう。──だから反動が怖いんじゃないか?」

「……!?」


 言われてみてわかった。それは図星かもしれない。私はこの上手く行きすぎている状況を無意識に恐れている。そして万全を期そうとして焦っている。

 ウーリは「図星か」と呟きながら私の隣に椅子を持ってきてどっかりと座った。大柄なウーリが傍にいるだけで、なんとなく安心感をおぼえる。


「はい……そうかもしれません。それと──」


 気がかりなことはもうひとつあった。


「ミリアム先輩がいまだに目覚めないんです。ずっと昏睡状態で……」


 いつもはうるさいだけのミリアムだが、いないといないでものすごく寂しく感じる。彼女が私を庇って傷を負ったという事実も、私に責任を感じさせていた。目覚めたら謝らないとと思いながらも、彼女はいつまで経っても目覚めない。


「長いな……もう1ヶ月か」

「身体には異常はないようで、傷も治りかけてるそうなんですけど……彼女から感じられる魔力がすごく希薄になっていて……」

「なるほどなぁ……品評会に行くついでに王都の魔法学校でも訪れて聞いてくればどうだ?」

「魔法学校は──もう行きたくありません」

「……だよな。すまん」


 ウーリは「もったいない」と言いながら、私が焼きかけだったハンブルグをその口に放り込み「美味しい」と呟いたが、それ以上何も言わなかった。



 私は「少し頭を冷やしてきます」と言い残して厨房を後にした。



 階段を上り、城を後にする。が、向かったのは私の家ではなかった。城からも街からも少し離れたところにある墓地。私はそこを目指した。


 夕暮れの郊外は薄暗く、墓地の近くになるにつれて謎の静寂が空間を支配するようになる。しばらく進むと石の碑が立ち並ぶ墓地にたどり着いた。


 目的の石碑はすぐに見つかった。よく通っていたからだ。

 他のものよりも新しめのその石碑にはセイファート公用語で『ミッター・フィードラー』と書いてあった。

 私はその石碑の前にしゃがみこんで手を合わせる。


「ミッターさん……私は焦っているのでしょうか……」


 目の前で殺された。救えなかった彼に私は話しかける。

 もちろん返事が返ってくることはない。


「私は……私はどうすればいいのでしょうか……? ミリアム先輩もいないで、これで本当にヘルマー領を守れるのでしょうか?」


 彼は死に際、確かに『ヘルマー領を、ユリウス様を頼んだ』と言っていた。


(私は……私にはヘルマー領やユリウスを守る力も覚悟も備わっていないよ……)


『そんなことはない!』


 私が心の中で弱音を吐いているとそんな声が聞こえた気がした。慌てて辺りを見渡すが、人っ子一人いない。周囲の木々が風でざわざわと揺れていただけだった。


「……なんだ空耳か……びっくりしたぁ」


 安心したら途端に疲れが襲ってきた。私はふぁぁっとあくびを一つすると、家に帰ることにした。

 しかし、私が帰ったのはハイゼンベルクの自宅ではなく、城の一室。ミリアムが寝かされている部屋だった。


 ロウソクの明かりに照らされたミリアムの顔は、まるで今にも起きてきていつも通り騒ぎ出しそうな、そんな気配がする。でもやはりその身体は氷に覆われていて……。


「ミリアム先輩……」


 呼びかけてももちろん返事はない。

 私はミリアムが寝かされている寝台の傍にしゃがみこむと彼女の頬に手を当てた。それは驚く程に冷たかったがしっかりとハリがあって、確かに彼女が生きているということを証明していた。


「ミリアム先輩。私やりますから……必ずヘルマー牛をブランドにしてみせますから! 安心して休んでてくださいね!」

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