49. 結界


「そりゃあまあ、ゲーレはウチの故郷だからね。チカラを使うなら故郷のために……って思うのが普通じゃん? ティナもいつまでもセイファートにいないで、故郷に帰ったら?」

「それができればいいんですけどね……」


 私と会話をしながら、シーハンの視線はチラチラとリアに向かっている。アマゾネスが気になるようだ。ゲーレには似たような種族はいないのかもしれない。


「七天が何の用だ?」


 ユリウスは怪訝そうな表情でシーハンに詰め寄る。おおかた、「七天っていうのはどうしてこうも変人揃いなのだろう?」と思っているのだろう。

 詰め寄られたシーハンは首を傾げた。


「何の用って……ウチが用があるのはティナだけだよ? ヘルマー伯爵にも、アマゾネスのお嬢さんにも用はないかなー?」

「ティナに……?」

「そ。ティナっぽい人が捕まってるって聞いたからさ。昔のよしみで解放してあげようかなーって。ほんとにそれだけなんだよ」


 シーハンはジャラジャラと指で鍵束のようなものを弄んでいる。彼女のことだから、私が助けてほしいと言えばすんなりと助けてくれるだろう。彼女は昔から気まぐれだが素直な性格だった。


(でも……ユリウス様やリアさんを置いていくことなんてできない……)


「さあどうするー? いつ解放されるか分からない牢屋にずっといるか、ウチの提案に乗ってティナだけ外に出るか」

「──私の代わりにユリウス様を外に……」

「それはできないよ! だってウチはティナとのよしみで提案してるだけだから、そこのヘルマー伯爵とはなんのよしみもないしね」


 考えれば当たり前なことだ。



「でも──」


 シーハンは檻に顔を近づけながらいたずらっぽく笑う。彼女は私が選択肢を与えられて悩んでいるというこの状況を楽しんでいるらしい。


「ティナが外に出ればもしかしたら首席に会えるかもよ? ウチがちょちょいと口添えすれば簡単にね……?」

「……!」


 その時、隣のリアがちょんちょんと袖を引っ張ってきた。


「ティナ……あたし外に出たい……」

「リアさんは無理ですよ今は……」


 私は頭を抱えた。自分だけ牢から出ることが、二人を助けることに繋がるのだとしたら、やってみない手はない。問題は二人がそれを許してくれるかだが……。


「行け、ティナ。交渉は俺よりもティナの方が上手だろう? それに──お前には料理がある。俺たちにはない“魔法”がな」

「あたしも──その方が早くここから出れるなら」


「二人とも……」


 二人ならそう答えてくれるだろうと予測していたとはいえ、実際にそれを聞くと少しうるっときてしまう。涙がこぼれないように少し上を向くと、ちょうどシーハンと目が合った。彼女はニコニコと笑っていた。


「──それじゃ、決まりだねっ!」


 彼女はテキパキと牢の鍵を開けると私の手を引いて牢の外に出した。そしてすぐにまた鍵をかける。あっという間に私と、ユリウスとリアの二人は離れ離れになってしまった。


「こっちだよティナ。首席に会わせてあげる」

「はい……!」


 自由の身となった私はもう一度牢の方を振り返った。ユリウスとリアは並んで檻にしがみつきながら祈るような表情をしている。


「大丈夫です。絶対に首席の胃袋を掴んできますから!」


 二人に向かってそう告げると、私はシーハンに続いて地上に向かう階段を登っていったのだった。



 木造の廊下をひたすら歩く。シンヨウの城は、ハイゼンベルク城とは比べ物にならないくらい大きく、セイファート王国の首都ディートリッヒの王宮並の広さはあるかもしれない。どこを歩いても木造の似たような回廊なので、シーハンの案内がないとほぼ間違いなく迷ってしまうだろう。


「……で、本音はなんなんですか?」

「んー? なんのこと?」


 私が前を歩くシーハンに話しかけると、彼女はお決まりのセリフですっとぼけた。


「昔のよしみなんていうのは口実ですよね? 気まぐれなように見えて打算的に動いているあなたが、そんな訳のわからない理由で私を解放したりしないと思ったので」

「ふふふっ、さぁどうかなぁ? でも昔のよしみがあるからティナを助けたっていうのは嘘じゃないよ? 他の人だったら助けなかったかも……?」


 シーハンは前を向いたまま振り返らなかったが、彼女が私になにか隠しているのは薄々分かっていた。なにか、私には言えない理由があって、私だけ解放してなにかに利用しようとしているのだろう。


(だったら私はその思惑を利用して目的を果たすまで……!)


 階段を上り、回廊を進み、また階段を上り……それを四回ほど繰り返した時、ある部屋の前でシーハンは立ち止まった。


「とりあえず今日はもう遅いからウチの部屋に泊めてあげる。明日、首席に会いに行こうね」

「……」

「大丈夫大丈夫! 別に変なことはしないから! ね?」


 私がよほど怪訝な顔をしていたのか、シーハンは慌てて身体の前で両手を振った。怪しいが、ここでシーハンの提案を断っても先に進めないので、私は大人しく頷くと彼女に続いて部屋に入った。



 中はゲーレ風のきらびやかな部屋だった。10メーテル四方ほどの、この城の巨大さに対してそこまで広くない造りだったが、壁にかけられている掛け軸や、柱に施されている彫刻、希少な金で作られたような小物の数々まで、内装は豪勢であり、シーハンの立場の良さがうかがえる。


「シーハンさん、あなたって……」

「ふぅ……ここならもう大丈夫……」

「──!?」


 私はその時初めて気づいた。──というか今まで気づかなかった方が不思議だったのだ。

 そう、その部屋は丸ごと巨大な魔力に包まれていた。まるで外敵から隠すように。すっぽりと覆われているのだった。


(罠……? いや、そんなはずは……)


 わざわざ捕らえられている私を連れ出してまで罠にかけるだろうか? 考えられることは一つだった。


 ──シーハンは何かを恐れている。


「いきなり連れ出してごめんね。外だといつ誰に聞かれてるかわからないし。でもここはウチの魔力をかき集めて作った結界が張ってあるから、ウチの許可がないと入れないし、例えライムントでも、いきなりここに転移してくることはできないから……」

「シーハンさん。あなたが恐れているのはライムント・タイですね?」


 彼女はゆっくりと頷く。その表情は先程の掴みどころのない笑みではなく、不安そうな年相応の少女のものだった。



「ティナ──これから言うことは誰にも言わないで」

「……はい」


「ゲーレに──力を貸してほしいの」

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