30. おもてなしの準備

 ☆ ☆



 その後、程なくして私とユリウスは解放された。すぐさま同盟締結とはいかなかったが、後日キャロルの一行がヘルマー領を訪れ、その時に詳しい話をすることになった。どちらにせよ、訪ねてもらったからにはこちらも訪ねなければならないというのがキャロルの主張だった。

 キャロルも、私たちを森の南の端まで送ってくれたリアも、頭を殴って気絶させ縛りつけて自由を奪ったことについては深く謝罪され、ユリウスもそのことについては気にしていないということを彼女たちに説明した。



 ハイゼンベルク城に戻った時にはすっかり日が傾いていた。


 私とユリウスが円卓の部屋に入ると、中にはいつものメンバーが勢揃いして領主の帰りを待っていた。


「ユリウス様! 後輩ちゃん! よくぞご無事で……わたくし、心配で夜しか眠れませんでしたわぁ!」

「大袈裟な、まだ半日しか経ってないから夜もクソもないだろ……」


 今にも飛びつかんばかりのミリアムを片手で押し退けながら、ユリウスはいつもの席についた。私もその隣に座ると、アントニウスが早速声をかけてきた。


「なんともなかったようだな……ひとまずよかった」

「気絶させられて木に縛りつけられたりはしたがな」


 ユリウスが苦笑を浮かべながら返すと、ユリウスのもう一つの隣の席を確保したミリアムは腰をかけようとしていた体勢から勢いよく立ち上がった。

 ガタン! と大きな音がして椅子が倒れる。


「わたくしの大切なユリウス様と後輩ちゃんにそのような辱めを……アマゾネス、許しませんわ! 必ずまとめて氷漬けにして──」

「落ち着けクソ女。アマゾネスが俺たちを害するつもりなら既に俺たちの命はない。だが、このとおり二人ともほぼ無傷で帰されているということは奴らに敵意はないということだろ?」

「むむむ……確かにそうですわね」


 ユリウスが説得するとミリアムは渋々倒れた椅子を引き起こしてそれに腰をかけた。すると、それを待っていたかのように、白ひげのセリムが声を上げた。


「ユリウス様、今後このような危険な真似はやめていただきたい! ユリウス様はこのヘルマー領の領主様なのですぞ! もう少し領主としての自覚を──」


「それだ!」

「は?」


 突然ユリウスがセリムを指差しながら大声で叫んだので、セリムは驚いたような顔で固まってしまった。


「アマゾネスは危険な存在だという偏見が、我々と彼女たちの溝を深めたのではないか? ちゃんと話し合えば分かり合える」

「しかし、森に入った者を無差別に襲われたのでは分かり合うなんてことは不可能だ。実際、俺のギルドの者たちにとってアマゾネスは明確な敵だ」


 いつになく険しい表情で話すアントニウス。しかしユリウスの決意は固かった。


「今は意地を張っていられる状況じゃないだろう……ヘルマー領はなんとしても人手が欲しい状況だ。それにアマゾネスたちが味方になればアルベルツ侯爵に従わなくてもゲーレ共和国と戦えるかもしれない」

「ちょっと待ってください。ワシには、ユリウス様がアマゾネスどもと手を組むというように聞こえるんじゃけども」

「そうだが?」


 口を挟んだセリムにユリウスが即答すると、一気に場が色めき立った。アントニウス、セリム、ミッターに加えてミリアムまでもが反対の声を上げ、ユリウスに詰め寄る。



「ユリウス様はアマゾネスどものせいで山を追われた魔獣が農作物を荒らしていることをご存知でしょう!」

「それだけではない、家畜も……ユリウス様もお好きなヘルマー牛も襲われています」

「アマゾネスの領域では狩りはできない。アマゾネスと同盟を結ぶということはそれを容認することで……狩りができなければ俺たちのギルドはやっていけなくなるぞ」


「ええいうるさい!」


 ダンッ! と大きな音を立ててユリウスは円卓を叩いた。すると、騒いでいた四人は口を閉ざして硬直する。

 私の隣の、小太りのホラーツが耳打ちしてきた。


「ユリウス様があんなに感情を露わにするのは珍しいので、皆びっくりしていますね」

「そうなんですか?」

「普段はクールな方なので」


 ホラーツは神妙な表情で頷くと、スッと滑るような動きで私から離れた。と、同時にユリウスの視線が私を捉える。


「ティナ!」

「ひゃ、ひゃいっ!」


 突然のことに驚いた私は変な声を上げてしまう。


「なんとしてもアマゾネスとの同盟を成功させろ。お前のアイデアなのだからな!」

「ひゃいっ!?」


 四人の非難の視線は一斉に私の身体に突き刺さってきた。私が恨めしげにユリウスを見つめると、ユリウスは涼しい顔で虚空を見つめるなどしていた。


(うぅ……確かに、アマゾネスとの同盟を提案したのは私だけど……! ユリウス様も一時期は乗り気になってたじゃん……!)


 案の定、ミリアムが私の近くにスタスタと歩み寄ってきて私の肩を掴んで自分の方を向かせる。


「み、ミリアム……先輩?」

「どうしてですの!?」

「はい?」

「どうしてアマゾネスと同盟なんかを結ばなければいけませんのー!?」

「あうあう……や、やめ……」


 ミリアムは私の肩を掴んで前後に揺すりながら駄々をこねた。この先輩、たまにかなり子供っぽい振る舞いをするので対処に戸惑ってしまう。


「え、えっと……アマゾネスたちがヘルマー領に侵入してくるのは、追われているからみたいなのです……」

「追われている? 誰に?」

「恐らくモルダウ伯爵家……彼らが森を焼いてアマゾネスや魔獣をヘルマー領に追い立てているのでは? というのが私たちが出した結論です」

「どうしてそんなことが分かりますのー?」

「──マテウス・ブランドル」


 私がその名前を出すと、ミリアムは息を飲んだ。ミリアムは冒険者ギルドのヘルマー領支部マスター。当然モルダウ伯爵家にマテウスが所属していることは承知しているはず。だとすれば、『七天』で最も炎魔法に優れるマテウスが、森を焼く役割を担っていたことは直ぐに想像できるだろう。


「……なるほどですわね。『七天』マテウス。彼なら森を焼き払うことなど造作はありませんわ。──全く、炎は美しくはありませんので嫌いですの。わたくしが懲らしめてきてやりますわ!」

「マテウスを懲らしめるためには、アマゾネスの協力が不可欠です。そしてそのためなら彼女たちは協力を惜しまないはず」


「しかし、その前に貴族同士の争いはご法度だぞ? バレたら俺の首が飛ぶ」


 ユリウスが口を挟むと、四人のおじいちゃんたちは一斉に頷いた。私は人差し指を立てながら続ける。


「貴族同士の諍いではなく、冒険者同士の諍いであればその限りではありません。これに関しては私に考えがあります」

「おぉ……」

「まずはアマゾネスの協力を取りつけることが必須です。そのためにも、今度やってくるという長老のキャロル一行を精一杯もてなさなくては……」


「アマゾネスを城に招くのか……?」

「ありえん! 正気の沙汰ではない!」

「ユリウス様の身を危険に晒すつもりか!」


「だから、奴らは危険じゃないと言っているだろう!」


 ユリウスが再び大声を張り上げると、今度こそ誰も何も言えなくなってしまった。


「ティナ!」

「ひゃいっ!」

「最高の料理でもてなすぞ! 一切任せた!」

「えぇっ!?」


(この人、めんどくさいから全部投げてきたよ! まあ確かに私が撒いた種だから私が何とかするしかないんだけど、こんな状況じゃ誰かの助けも借りられなさそうだし……)


 私が頭を抱えていると、隣のホラーツがゆっくりと立ち上がった。



「ティナ殿、私が商業ギルドのマスターとしてお手伝いいたしましょう」

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