13. これが現実さ

 ☆ ☆



 その後私は、ユリウスによって呼び戻された大柄スキンヘッドの筋肉マッチョ──ウーリによって部屋に案内された。

 あてがわれた部屋は城の中にあるのかと思いきや、城の外の城下町、ハイゼンベルクにある空き家のうちの一つだった。


 城の近くの小さな白い家。少し薄汚れてはいたが前に人が住んでいたとは思えないほど綺麗で、なにより念願のマイホームに私は感極まって泣きそうになった。


「家にあるものは好きに使っていいぞ。必要なものがあれば言ってくれれば城から持ってくるし、市場に買いに行ってもいい」

「あ、ありがとうございます!」


 親切に申し出てくれるウーリに頭を下げると、私は部屋の中を見渡した。私が住むことになったのは、10ラッシュほどのワンルーム。日当たりはよさそう。寝台もある。

 風呂はないが便所はあるし、なんといっても簡単な調理場がついている! これがあるのとないのでは大違いだった。


(早速市場で食料を買い漁りたいところだけど……もうこんなに暗いし、きっとやってないだろうな……明日にしよっと)


 それに、私のお腹はさっき食べたチャーハンで満たされていたし、慣れない戦闘とミリアムとの小競り合いで私の体力は尽きかけていた。希望としてはこのまま横になって朝まで寝ていたい。


「じゃあオレはこれで。──明日の朝呼びに来るから。ユリウス様が色々と話したいことがあるらしい」

「わかりました!」


 色々の内容が気になるところだが、どうせ明日わかることだ。

 ウーリが立ち去った後、私は装備を脱いで下着姿になり、寝台に横になってぼんやりとしていると、知らず知らずのうちに眠りの世界へと誘われていったのだった。



 ☆ ☆



 気がつくと、私は船の上にいた。荒天で荒れる海。白いしぶきが飛び散り私や周囲の人達を濡らし、小さな船は激しく揺れる。


 船なんて久しく乗ったことがない。なぜなら、ずっと王都の中で暮らしていたのだから。

 私が船に乗っていたのは、まだ祖国に住んでいた頃。私の国は飢えていた。土地はやせ細り、海はほぼ年中氷に閉ざされ、食べ物も満足に手に入らない。代わりに、石炭や鉱石などは大量に手に入ったので、周囲の国と交易しながら食べ物を得ていた。


 しかし、私の国の盟主は気づいてしまったのだ。──交易をするよりも奪う方が豊かになれると。私の国は持ち前の資源力を活かして周囲の国を次々と侵略し、従えた。そして一大国家を築き上げたのだった。


 優れた魔法の素質を持っていた私は、ある使命を負ってセイファート王国に送られた。──一流の魔導士となり、冒険者となって──そして……



 その時、一際高い波が船体に打ちつけ、船が揺れる。私は必死で船のヘリにしがみついたが、バランスを保っていられなくなった船体は大きく傾いて、ついに転覆してしまった。


「……ぶはっ……っぷ……」


 冷たく塩辛い水の中、私は必死で空気を求め……



 ──目が覚めた。



 どうやら夢を見ていたらしい。それも六年前の、王都に来る前の記憶だった。

 辺りは既に明るい。朝になっているようだ。そして身体が冷たい。


(やっぱり濡れてない!?)


 なんと、私の体は水をかけられたかのようにずぶ濡れだった。いや、これは間違いなく水だった。


 私は寝台の傍らで木のバケツを手に立っている人影──ユリウスを睨みつけて苦言を呈する。


「なにするんですか!」

「いや、なかなか起きないから……」

「起きないからって、下着姿の女の子に水かけて起こします!? 風邪ひいたらどうするんですか!」

「じゃあどうすればいいんだ! 下手に触るとまたあの女がうるさいぞ!?」


(あー、確かにミリアムはうるさそう……)


 ユリウスの言い分に納得してしまった私は、大きく伸びをしながら朝の空気を肺いっぱいに取り込む。王都の空気よりも数倍美味しい、澄んだ空気だった。おかげですっかり目が覚めた。──水をかけられたせいかもしれないが。


 そして、寝台の脇に置いておいた麻袋から替えの下着を取り出すと、ユリウスを再び睨みつける。


「──いつまでいるんですか、出ていってください!」

「……? なぜだ?」


 ユリウスは心底不思議そうな顔で首を傾げた。


「なぜだ? じゃありませんよ! 女の子が着替えるんですから出ていってください!」

「心配するな。俺は女の裸を見たところでなんとも思わん」

「私はいろいろ思うんですっ!」


 私はユリウスの身体を押すようにして半ば強制的に彼を家の外に押し出した。そして手早く下着を着替え、装備を身につけると、濡れた下着を部屋に干してから麻袋を背負って家を出る。この間、約5分弱。我ながら早業だと思ったが、家の外で待っていたユリウスは暇そうに足元の土を弄っていた。なんか申し訳ない。


「お待たせしました!」

「やっと出てきたか……」

「これでもかなり急いだんですけど……ていうかなんでユリウス様自ら私を迎えに来たんですか?」

「いや、ただ俺は少しティナと話したくてな……あまり深い意味はない」

「そうですか。何の話です?」


 私とユリウスは城に向かってゆっくり歩きながら言葉を交わす。ユリウスの表情はいつにも増して真剣であり、これから話すことの重要性を物語っているようだ。しばらく沈黙していた彼は、やがて意を決したように口を開いた。



「これからのこのヘルマー領のことだ」

「これからのヘルマー領?」

「うむ。このままではヘルマー領の領民は減る一方で領地の力はどんどん低下していく。俺が考えられる手は全て打ってみたが焼け石に水。──そこでティナの力を借りたい」

「私の力ですか……? なんでまた?」


(私は最弱の冒険者で料理人。政治には疎いし領地おこしの方法なんてわからないのに……)


 しかしユリウスには確固たる自信──私が何かの役に立つという確証を得ているようだった。ちょうど城の入口あたりで立ち止まったユリウスは、ゆっくりとこちらを振り返る。そして私の頭の上にポンと右手を乗せた。


「俺はな、ティナ。料理人と領主は似ている思っている。──料理人は個性豊かな食材のいい所を引き出して、食材同士のハーモニーで最高の料理を作り上げる。──領主も同じだ。意見の異なる領民を束ね、その土地のいい所を活かしながら周りと付き合っていかなくてはならない」

「確かに、言われてみればそうですね。つまりユリウス様は私に領主の代わりをやらせようと?」


 私の言葉に、ユリウスは得意げな表情になった。


「話が早いな。だがちょっと違う。ティナにやってほしいのは領主ではなく宰相だ。領地を上手く料理する方法を考えろ。権力を持つ俺がそれを実行してやる。──最高の役割分担だとは思わないか?」

「なるほど……」


 いきなり話が大きくなったので、私の頭は混乱しそうになっていたが、なんとかユリウスの言っていることは理解できた。冒険者も料理人もついでであり、本当の目的はユリウスの頭脳の代わりとして雇ったのであれば、報酬が破格なのも頷ける。



 ユリウスは私を城の三階へと案内した。狭い階段を登ると、現れた扉の前でこう口にした。


「さて──ようこそ、ヘルマー領へ。……ここがさ。とくと味わってくれ」



 ギィィィッという耳障りな音を立てながら、ゆっくりと扉が開いた。

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