第39話 黒い王子と甘いお菓子。その3

「そうか、隼斗は永瀬の父親の店で働いているのか……」


「そのままずっと居れば良いのに」


光……正直に言いすぎだろ。

どんな形であれ、隼斗が荒んだ生活から抜け出してくれるなら俺は嬉しい。

永瀬の父親が退院しても、隼斗がまた前の生活に戻らなければ良いけどな。


だが、その時は……俺達が競う事になる。

延期されただけで、中止になる事は無いんだよな……。


本当は、競いたくないんだ。

隼斗に譲ってやってもいい……そう思っていた。

永瀬が荷物を取りに来た日、由樹の泣き顔を見るまでは……。



俺は、隼斗のあまりの変わり様に自分を責めていた。

もし……俺が修行に出たあの日に戻って行くのを止めていたら、隼斗は昔のままだったのだろうか?

隼斗が待ちくたびれる前に俺が戻っていたら、こんな状態にならなかったのではないか……。

隼斗に再会してから、そんな考えをずっと繰り返していたから、俺は自分を見失っていた。


そんな時、由樹が俺に見せた悲しい表情と涙が……本来の俺を取り戻させてくれた。


由樹、お前のお陰だ……ありがとう。



きっとあのまま自分を見失っていたら、由樹は俺に失望するだろう。

俺のせいで荒れてしまった隼斗を、そのまま野放しにして逃げるんだからな。


だから俺は、ちゃんと隼斗向き合って……出来ればあの頃の隼斗に戻してやりたいと思っている。

そして、正々堂々と隼斗と競って負けたとしても、俺は精一杯やったと由樹に見せてやりたいんだ。



「光、ほら……いつまでもサボってないで、仕事の時間ですよ」


「ラジャー!」


光は、元気だな。

俺も光を見習うか……。


「それでは、今日もよろしくお願い致します!」


「はいっ!」


さぁ、お客様を迎えるぞ。

皆、俺についてきてくれてありがとう……。



「……そうか、隼斗はやる気になったか」


「でも、今のアイツは……ダメですね。以前のような勢いがありませんし。目も心も濁ってます」


仕事上がりに師匠の見舞いに来たが、先に先輩が来ていた。


仕方無い……出直すか。

しかし、こんな話を病院の廊下で聞くなんてな……。


師匠は俺に期待してくれている。

勘もコツも数をこなして来て、やっと掴めた所なのに、ずっと先輩にダメ出ししかされない。

何がダメなんだよ……。

このままでは、兄さんとの勝負だって勝てないじゃないか!

俺はイラつき、病院の外に飛び出した。



「イタッ」


「……うわっ!」


勢いよく自動ドアを飛び出したら、足に何かが当たった。

見ると、足元に小さな男の子が転がっていた。


「……ちがでた」


……どうやら、俺が転ばしたみたいだな。

半ズボンを履いていたからか、膝を擦りむいて血が少し出ていた。


「大丈夫か?」


「これくらい、へいきだよ!」


フッ……。

泣きそうになっていたのに、強がっちゃって。

俺は、男の子の膝にハンカチを巻いてやった。


「おぉ、強いな」


「うん。だって、おとこのこだもん!それに、もう少しでおにいちゃんになるんだから!」


「そうか、お兄ちゃんになるのか~」


「うん!」


急に元気になったな。

俺のハンカチも、気に入ってくれたみたいだ。


それはそうと、この子の親は何処にいるんだ?


「おっ、やっと見つけた」


「あっ、みつかっちゃった……」


この子のじいさんか?

気まずそうにしている所を見ると、逃げ出して来た感じだな……。


「じいちゃん、これかっこいいだろ!」


「ん、なんだ?怪我でもしたのか?」


おい、俺が巻いたハンカチを見せびらかすなよ。

じいさんも、孫との会話がずれてるし……。


「このおじちゃんがやってくれたんだよ!」


おい、おじちゃんって……。

確かに……この子からすれば、かなりのおっさんだけど。


「孫の手当てをしてくださったんですね、ありがとうございました」


じいさんはやっと俺の存在に気付いたようで、また逃げないように孫の手を握りつつ、俺に感謝してた。


「いえ、俺は大したことしてませんよ」


手当てって程のことはしてないし。

ハンカチだって、ちょっと使っちゃったやつだしさ……。



「おじちゃん、バイバイ~」


「ありがとうございました」


男の子とじいさんは、手を繋いで帰っていった。


フッ……。

懐かしい光景だな。

俺も子供の頃、じいさんとあんな風に歩いていたんだよな。


琉斗が産まれたって言われて、じいさんの家に預けられていた俺と兄さんは、じいさんとばあさんと一緒に母親が入院している病院に来たんだ……。

早く弟に会いたいって駄々をこねていたらしいが、俺はそんなの覚えてない。


「隼斗」


「……兄さん」


何故、この病院に来ているんだ?

手には果物かごを持っている。

……誰かの見舞いか?


「永瀬の父親の見舞いに来たんだ」


ハハッ、俺が聞く前に答えてくれてありがとう。

あのお人好しのチンチクリンは一緒じゃないんだな。


「俺は帰るところだから」


兄さんと病室で鉢合わせしなくて良かったよ。

師匠の前では、こんな態度できないからな。


俺は兄さんにペコリと軽く頭を下げ、病院を後にした。



「ただいま」


……と言っても、誰もいないんだけどな。

俺は玄関で靴を脱ぐと、着ていたスーツのジャケットを脱いでベッドに放り投げた。



……疲れた。

何故、上手くいかないんだろうな。


昔はこんな事無かった。


昔と違うのは、この性格と女に不自由していないところか。

あの頃は、仕事に夢中で必死で技術を身に付けようとしていた。

だから、来る女なんて視界に入らなかったもんな。


そうだ、その中で……由奈は俺に近付きもしなかったが、直向きな想いを俺に向けていた。

それを知っていた俺は、由奈を利用させてもらった。


師匠の娘だし、手も出してはいけないと思っていた。

だが、俺はその想いと逆行するように、由奈が傷付く行為をさせた。


それをさせてしまった大きな理由……。

由奈との見合い話が出てきたからだ。



昨年、家を出てから連絡をしてこなかった祖父が、『由奈と見合いしろ』と俺に言ってきた。


勿論、俺は断った。

玉の輿とか婿として家に入るとか、そんな事には興味が無かったから。

見合い話を断った時、由奈との見合い話の矛先が兄さんに向けられた。


そして、順調に話が進んでいった。

祖父が喜んで見合い結果を俺に電話し、わざわざ報せてきたんだ。


見合い話が進んでいるなら、結婚までスムーズに進むだろう。

そうなると、師匠の店の跡取りは兄さんになる。


また……兄さんが俺の大事な場所を奪うのか。

そう思うと俺は怒りが収まらず、胃がキリキリと痛んだ。


だから俺は決めたんだ。

俺に気があるのに言いなりの由奈も兄さんも、幸せになんてさせない。

そして、あの忌々しい思い出しか残っていない喫茶店も、兄さんから奪って壊してやると……。

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