第20話 新しい家族。その3

トントントン……。

トントントン……。


「……誰だよ、こんなに朝早く!」


由樹の事が気になって全く眠れず、朝方やっとウトウトしてきたというのに。

玄関で、誰かがドアを叩いている音が聞こえているんだよ……。

防犯上……いつでも飛び出せるように、玄関の近くの部屋にしたが、さすがに寝不足の頭に響いてイライラしていた。


「はぁ……」


部屋の窓から外を見ても、外がまだ暗くて誰が来ているかよく分からなかった。


「誰だ」


ここで琉斗なら爽やかに対応するだろうが、俺は今不機嫌なんだ。

しかも、朝早くから来るなんて……こっちの迷惑も考えない奴に、丁寧に相手なんかしてやるかよ!


「…………あの、朝早く申し訳ありません。由樹です」


……由樹?

今、由樹って言ったよな?


「……本当に、由樹か?」

「はい」


幻聴か?

いや、ちゃんと返事が来たし……間違い無いよな?

俺は、驚きのあまりドアを開けることを忘れ、呆然と立ち尽くしてしまっていた。


「……兄さん、そこで何をしているの?」

「琉斗か。お前こそ、こんな早い時間にどうした」


琉斗に話し掛けられるまで、俺は何をしていた?


「今朝は僕が朝食の当番でしょ、だからだよ。それで兄さんは、何故ドアの前に立っているの?」


……そうか、ここは玄関のドアだよな。

俺は……。


「そうだ、誰かが来たんだよ。いや……来てるみたいだ」

「兄さん、どうしたの?何だか変だよ?」


あ、確かに。

俺は何を言っているんだ……。


「とにかく、開けるぞ」

「うん、待たせたら申し訳ないし」


そうだ、待たせたら申し訳ないな……。

俺は、今までにあり得ないくらい緊張しつつ、ドアをゆっくりと開けた。


「……あれ?誰もいない。……えっ!?由樹さん?こんな所で寝ていては、風邪を引いてしまいますよ。兄さん、ボーッとしていないで手伝って下さい!」

「あ、あぁ……」


由樹は待ちくたびれたのか、玄関で膝を抱えながら寝ていたのだ。

俺は琉斗に促され由樹の体を支えると、ソファーまで運んだ。



「僕は毛布を持ってきます」

「あぁ……頼む」


やっぱり由樹だ……。

お前、今まで何処にいたんだ?

1日会っていないだけなのに、こんなに愛しく感じ、抱き締めたくなるなんて……。

俺は由樹の寝顔を見ながら、気持ちが高まるのを抑えていた。




……あれ?ここは何処だろう?

待ちくたびれて座っていたら、疲れのせいか寝てしまったみたい。

起き上がって周りを見渡してみると、見覚えのある部屋だった。


「ここは、蓮斗さん達の家の中……だ」


外にいた筈なのに、どうして??

寝起きの頭で考えても、全く分からなかった……。

そうだ、こんな所にいる場合じゃ無いよね。

蓮斗さんに謝って、ここで働きたいってお願いしなくては!


時計を見ると、午前10時を少し過ぎたくらい。

私……結構寝てたんだ。

この時間なら、店にいるかも。

私は乱れた髪を化粧室で直し、気合いを入れて店の調理場へのドアをそーっと開けた。


ドアを開けると、開店準備で皆は忙しそうに動いていた。

いつもの光景だった……。


「あっ、由樹ちゃん!起きたんだね~」


光さんがドアの前で立っていた私を見つけて、嬉しそうに近寄ってきてくれた。


「あの、すみません……寝てしまったようで」

「ううん。今朝起きたらさ、ソファで由樹ちゃんが寝ていたから驚いたけどね。すごく嬉しかったんだ~」


……ソファで寝てた?

じゃ、私はどうやってあそこに?

でも、嬉しいって言ってくれて……安心した。


……そうだ、和んでいる場合じゃなかった。


「あ、あの……蓮斗さんにお話があって」

「うん、ちょっと待ってて。厨房に入って呼んでくるから」

「ありがとうございます」


光さんは、『すぐ戻るからリビングで待っててね~』と言い、笑顔で厨房に入っていった。



「……由樹が待ってる?」

「はい。リビングで待つように言っておきましたよ」


そうか、起きたのか……。

話と言われてもな、何を話せば良いのか。


「兄さん、早く行ってあげて下さい。さっきから落ち着かない様ですし、手が止まってますから」


……はっ?俺が、そんな事あるはず……。

確かに、琉斗の言う通り……手元の作業は止まったままだった。

ふぅ……俺らしくない。


「……琉斗、ここは任せたぞ」

「うん、兄さんしっかりね」


「………………あぁ」


何をしっかりするんだよ?と思いつつも、少し緊張している俺は平静を装い、リビングへのドアを開けた。



リビングに入ると、由樹が背中を向けて座っていた。

こうして座っている姿を見ると、今朝の出来事は夢では無かったんだなと、実感できた。

そしてそれと同時に、緊張で握っていた手が今度は汗ばんでいる。

どれだけ動揺してるんだよ……と、らしくない自分に呆れてしまう。


「……由樹」


俺は思いきって声を掛けた。

だが、返事が無い……。


「…………」


まさか、座ったまま寝てしまったのだろうか?

俺は心配になり、由樹の前に行き顔を見た。


しかし由樹は寝ているのではなく、下を向いたまま顔をあげようとしない。

目の前に立っているのに、俺の顔を見ないのだ……。


「由樹、どうした?何かあったのか?」

「……蓮斗さん、ごめんなさい」


……やっと言葉を発したと思ったら、何故謝る?

しかも、まだ下を向いたままだ。

俺はその態度に我慢できなくなり、由樹の顔を両手で挟みクイッと上にあげた。


「れ、蓮斗さん!?」


由樹は驚き、俺の顔を見た。

しかも、目が潤んでいる……今にも泣きそうな感じか。


「やっと……俺の顔を見たな。ハハハッ、どうした?顔が真っ赤だな」


俺は照れ隠しからか、思わず由樹をからかってしまった。



「あ、あの……手を……」

「ん、何だ?聞こえないな~」


由樹は、俺の手を振りほどけば自分が解放されるのにしてこない。

これは……俺のことを嫌がっていない証拠だよな?

きっと、この時……俺は図に乗っていたに違いない。

由樹が俺の事を嫌いでは無い、という事を実感し、舞い上がっていたんだ……。



「れ、蓮斗さん……」


頬を触られていて、顔が熱くなってきた……。

しかも蓮斗さんに見つめられていて、体がゾクッとした。


「……由樹、カワイイナ」

「……えっ!?」


蓮斗さんが、私の事を可愛いって……。

その言葉に驚いて、蓮斗さんの事をじっと見てしまった。

すると、蓮斗さんの顔が真っ赤になって……ぷいっと顔を背けられてしまった。



「あ、いや……その……だな」

「蓮斗さん?」


急にどうしたんだろう……?

さっきまで積極的だったのに、私と目を合わせようともしない。

気まずそう……っていうか、何て言うか……。

だけど、それはほんの数分の事で……。

大きく深呼吸したと思ったら、また私をじっと見つめてきた。


「由樹、お前に言いたいことがある」

「……はい」


あっ、私も言いたい事があったんだ……!と心の中で思いつつ、ドキドキしながら蓮斗さんの言葉を待った。



「由樹……」


「はい」



「俺達と一緒に暮らそう」



「……?」


今……俺達とって。


あっ、驚いたのはそこじゃなくて。

いや……そこもだけれど。

声の主が、別の所からだったから……で。

蓮斗さんはというと動揺している様で、立ち上がると背後を見た。


「由樹さん、良いよね?家の荷物も、ここに届いているし」


えっ……荷物??

どういう事?

あっ!引っ越し先に送る荷物が……あれ?


「琉斗、邪魔するな!今、俺が……!」


蓮斗さんは琉斗さんに言葉を被せられてしまい、何やら焦っているみたい。


「だってさ、兄さんいつまでも言わないし。だから、俺が言ってあげたんだよ?全く……由樹さんの前ではヘタレなんだから」

「本当だよね、俺だったらビシッと言ってますよ?」


あれ?光さんまで……。

二人とも何処にいたんだろう??


「オーナー、そろそろ戻ってきてください。落ち込んでいる時間は無いですよ~」

「ほらほら、蓮斗くんはともかく……琉斗くんも光くんも、店に戻ってきてください。二人の邪魔をしている暇はありませんよ」


陽毅さんと剛士さんは、二人を呼び戻しに来たらしい……。

二人の邪魔……って言われると、変に意識しちゃうな。


「さぁ、戻りましょう」


剛士さんはドアを開け、皆にリビングから出るように催促していた。



「皆……少し、待ってくれ」


店へ戻ろうとする皆に、蓮斗さんは数分待つように頼んでいた。

キョトンとしつつも、皆は蓮斗さんがこれから何をするのか黙って見守っている。

そして蓮斗さんは向きを変え、真剣な眼差しで私を見た。

その予測していなかった行動に私はドキッとし、鼓動がトクンと跳ねた。



「由樹、改めて……俺から言うぞ。俺とここで暮らそう。そして、またこのカフェで働いてもらえないか?」


まさか……そんな。

私がお願いしたかった事を、蓮斗さんが言ってくれるなんて。

あたたかい言葉に、私は涙が溢れそうになっていた……。



「……蓮斗さん、嬉しいです。こちらこそ、よろしくお願いします」



「「おぉ~!」」


「蓮斗くん……やっと言えましたね」

「兄さん……肝心な事が抜けてますけど」



「……あっ」



こうして私は、今日からこの『静かな森の喫茶店』で過ごすことになりました。


これは……この土地に来た当時から考えると、想像もしていなかった事。

今まで悲しい事、辛い事もあったけれど、ここの皆や……蓮斗さんが居てくれたから乗り越えられた。

どんなに感謝しても、しきれないくらいです。


「由樹、これからもよろしくな」

「はい!」


こんな私だけれど、これからもずっと……よろしくお願いします。

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