第4話 夫婦の誓い

「さーて、どうしたもんか」


 開き直っては見たものの、どういう風に言うか。


(考えてみると、告白もちゃんとしてないんだよな)


 とすると、プロポーズ以前に、まず思いの丈をどう伝えるか、か?

 しかし、そこは今更過ぎるか。


(意趣返しもしたいところだしな)


 マイペースなアイツをとびっきり驚かせる大胆なプロポーズをしてやりたい。


「ちょっと、結婚式の誓いの言葉とか調べてみるか」


 ググってみると、色々な言葉が出てくる。


『命ある限り、真心を尽くすことを誓います』


 とか


『病めるときも健やかなるときも~』


 とか。しかし、どれもしっくり来ない。と思っていたら、参列者を驚かせる誓いの言葉文例集なんてのまである。


「ああ、そうだ。立会人が居た方がいいな」


 別に正式な結婚式じゃないのだから、どうでもいいのだ。

 しかし、あいつに対するちょっとしたサプライズにはなるだろう。


 早速、思いつきを実行するために夏美に電話をかける。


「どうしたの、裕貴ゆうき?なんか忘れ物でもあった?」


 急な電話に怪訝な声。


「ああ、いや。ちょっと思いついたことがあるんだけど、協力頼めないか?」


 そうして、今晩の計画について打ち明けた。


「また大胆なことするわね、裕貴も」

「恋人だとあいつが納得しないから仕方がない」

「その考え方が、あの子に毒されてる気がするけど……まあいいわ」

「急に悪いな」

「いいわよ。あなたたちが楽しくやってくれた方が嬉しいし」

「本当に恩に着る」


 電話を終えて、改めて夏美に感謝する。


 そして数時間後、夜の7:00。昨日来たばかりの八重桜公園に俺たちは居た。


「昨日ぶりだけど、やっぱり綺麗……」

「今日は八重桜は本題じゃないけどな」

「ゆうちゃん。そういうのは無粋だよ」


 いつも通りのテンションで、公園で一番大きな八重桜の前まで歩く。

 やっぱり夜行性のこいつは、昼間より声が生き生きとしている。


「あ、あれ?夏美ちゃん?どゆこと?」


 遠目に見えた夏美の姿に怪訝な声。


「まあまあ。いいから着いて来い」

「う、うん……」


 戸惑い気味の八重を連れて、夏美のすぐ近くまで歩いていく。


「こんばんは、八重ちゃん。裕貴」

「う、うん。こんばんは。でも、どうして?」

「裕貴にちょっと頼まれたのよ。立会人になってくれって」

「立会人……?ひょっとして、誓いの言葉の?」


 さすがに頭の回転が速い。すぐ意味がわかったようだった。


「せっかく誓いをするんだから、立会人が居た方がいいだろ」

「私は二人きりの方がロマンチックだったんだけど……」

「いいから、いいから」


 八重の奴と隣り合って、夏美の前に立つ。

 読み上げる誓いの言葉が書かれた紙をぽんと渡す。


「これ……読み上げるの?」


 八重は目をまんまるにしている。


「ネットにあったテンプレベースにアレンジしてみた」

「もう。事前に言ってくれればいいのに……」


 文句を言いながらも悪い気はしていないらしい。


「本日は、皆様に見守られ結婚できることをとても嬉しく思います」


 まず、最初の一文を読み上げる。


「皆様って……ゆうちゃん、そこくらいテンプレ変えようよ」


 その言葉を待っていた。

 

「そこはあえて残しといた。ツッコミどころあった方がいいだろ?ほい、次」


 次の一文を読み上げるように促す。


「ゆうちゃん、こんなところでまでネタを入れるのどうかと思うよ」

「お互い様だ。誰のせいで、こんな事する羽目になったんだか」

「……ま、いいか」


 と素早く切り替えて、続きを読みに入る八重。


「私たち二人は、ここに夫婦の誓いをします……結婚じゃなくて?」

「書類上、結婚はまだできないだろ?だから、とりあえず夫婦」


 次は俺の番だ。


「その1:俺、宮本裕貴はどんな時も川原八重を愛し続ける事を誓います」


 まあ、ある意味定番の誓いだ。俺たちの間なら、難しい事じゃないだろう。


「ほい、次」

「重要な一文をさらっと流さないでよ」

「つっても、今更感強いだろ?」


 そもそも、愛す愛さないが本題なら、こんな事する必要もないのだ。


「その2:私、川原八重は大学卒業までに昼夜逆転生活を止める事を誓います……なにこれ?」


 露骨に不審そうな顔をする八重に俺はニヤリと悪う。


「夫婦になるのに、これくらい条件付けてもいいだろ?」

「私が夜が好きなの知ってて、これ言う?」

「大学卒業まではOKなんだから、これも温情って奴だぞ」

「一生養ってくれたら、大丈夫なのに……でも、いいか。誓います」


 すぐに昼夜逆転生活が治るわけもない。

 ちょっとした意地悪って奴だ。


「じゃあ、次行くな。その3:俺、宮本裕貴は、たとえ死が二人を分かったとしても、変わらず、川原八重を愛し続けることを誓います」


 そんな、少し重い決意表明をする。通常の結婚では、どちらかの死を以て婚姻が終了するわけだが、お前がいつか死んでも愛し続けると。ちょいクサイかな。


「嬉しい……」

「だろ?」

「死が二人を分かった後も、なんて…すっごい素敵な誓い」


 お気に召したようで何より。


「で、お次は八重の番だ。まあ、八重は好きなように言ってくれていい」


 俺の気持ちを伝えるために、たとえ死が二人を分かったとしても、という文言を使ったものの、八重に強制するつもりはなかった。


「その4:私、川原八重は、ゆうちゃんがたとえいつか死んでも、私が死んでも、永遠に、宮本裕貴を愛し続けることを誓います」


 また、アドリブで重い言葉打ち込んできたなあ。


「私が死んでも、ってところがまた重いな」

「私は本気だよ?」

「そっか。まあ、そこまで想ってもらえて嬉しいよ」


 さて、あとは最後だ。


「次で最後だ。一緒に読もうぜ」

「うん。準備はオッケーだよ」


 その言葉を皮切りに、最後の言葉を読む。


「その5:私達は、今日の日の感謝をお互い一生忘れないことを誓います」

「誓います」


 その言葉を言い終えた途端、目の前の夏美がぱちぱちぱちと拍手をする。


「はぁ。また、随分重い誓いをしたものね、裕貴」

「でも、これなら八重も安心だろ?」

「ちょっとやり過ぎだけど……うん。とっても嬉しい……!」


 少し涙ぐむ様子を見て、やってよかったと想った。


「じゃあ、私はこれで。あとは二人でいちゃつくなりなんなり」


 誓いの言葉を聞き終えた夏美は、さっさと去って行ってしまった。


「……」

「……」


 目の前には大きな八重桜。隣には世界で一番愛しい人。


「これからは、ゆうちゃんと夫婦なんだよね」

「結婚式はまだだから、仮だけどな。満足か?」

「うん。すっごく嬉しいよ」


 幸せいっぱいという笑顔。

 ひょっとしたら、これまでで初めてみる表情かもしれない。


「で、さ。誓いと同時にしたいことがあったんだけど……」


 この言葉を切り出すのは少し躊躇がいる。


「?」

「お前とキスしたい。夫婦ならキスの一つや二つ、普通だろ?」

「やっぱり、ゆうちゃんも我慢してたんだ?」

「そりゃそうだろ。恋人になるの拒まれてたからな」

「ゆうちゃん、根に持つね」

「実際、お前のせいだからな」


 これまでどれだけ振り回されて来たことか。


「それじゃあ……」


 顔を上向けて、目を閉じる八重。

 瑞々しい唇が色っぽい。


「んぅ……」


 少しぎこちなくなりながらも、深い深いキスを交わす。


「なんだか、凄く嬉しい」


 なんだか、ぽーっとした感じの様子。


「お前、さんざん、キスしてきただろーに」

「夫婦になってからは初めてだよー」

「そこが重要なのか」

「重要なんだよ!」


 こいつの感性は未だによくわからない。


「で、今の気分はどうだ?」

「なんだか、私がゆうちゃんのモノになったみたい」

「その台詞クサイぞ?」

「私はいつでも自分に正直だから」


 楽しそうに言う八重に、相変わらずだなとため息をつく俺。

 こうして、俺と八重の間のちょっとしたいざこざは完結したのだった。

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