#24 殴り合いヴァーチャル宇宙

「つ、次のお便りいくね! 『こんにちは、エリリ!』」

「ふん、こんにちは! どうせクソみたいなこと書いてんでしょ?」


「『よくVtuberの配信を見てると、罰ゲームをかけて対決したりしてますよね? でも、どう見ても最初から罰ゲームをやるつもりでいるとしか思えません。それなら最初から罰ゲームだけやればよくないですか? やらせくさくてゲンナリします』」

「あんたね、流れってもんがあるでしょうが! スポーツの試合を考えてみなさいよ! 過程すっ飛ばして結果だけ聞かされて、あんた楽しいと思えるわけ!?」


「う、うーん。これはお姉ちゃんの言い分が正しいかな……」

 コメントでも『まあな』『正論』『プロセスを楽しむものだよな』『ガチの勝負が見たいならプロゲーマーの試合でも見て』などと、珍しく賛同する意見が並んでる。


 それを見て、七星エリカが調子に乗った。

「でしょう!? このメールを送ってきたあんたの人生だって、どうせ最後は死という結末を迎えるのよ! あんたの理屈が正しいんだったら、あんたが生きてる意味もないはずよね!? いますぐ死ねばいいんじゃないかしら!」

「お姉ちゃん、求婚者さんに死ねとか言っちゃダメ! 続き読むね?

『なので、エリリには罰ゲームをやってほしいです。まどろっこしい前座は全部カットして、罰ゲームだけをやってください。どうせみんなから嫌われてるんだし、何もしなくても罰を受けるべきですよね? ちなみに、僕はチカちゃんとの「愛してるゲーム」をリクエストします! 実現のためにもチカちゃんに謝れ! 以上、たらこパンマン@チカちゃん組でした』」


「わたしのリスナーじゃないじゃない! さっきも言ったけど、チカちゃんには死んでも謝らないからね! それはともかく、提案は一考に値するわ!」

「え、するんだ」

「だって、チカちゃんがいない以上、ルリナとやるしかないじゃない! でも、わたしとルリナで対決したら、わたしが勝つに決まってるわ! わざと負けるのも嘘つくみたいで嫌だし! 罰ゲームだけ見たいっていうならそれだけやってあげてもいいわ!」

「罰ゲームとは一体なんなのか」


「……で、『愛してるゲーム』って何?」

「え、知らないで言ってたんだ!?」

 俺(ルリナ)は、神崎(エリカ)に説明する。

「えっとね、わたしとお姉ちゃんが交互に『愛してる』って言い合って、先に照れたほうが負けってゲームだよ」

「……それ、照れる要素あるわけ? ルリナに『愛してる』とか言われても、ふーんそう、みたいになるだけなんだけど」

「わっかんないよー? 案外お姉ちゃんは照れ性かもしれないし? 実は寂しがり屋さんだったりして!」

「はあ!? わけわかんないキャラ付けやめてくんない!?」

「わりと素な感じでキレるのやめてよ! わたし、かわいい妹だよ!」

「はっ、そうだったわね」


「じゃあ、さっそくやってみよー! ルリナから行くよ!」

「え、ええ……向き合えばいいのよね?」

 俺は神崎の前に立ち、真正面から目を覗き込む。

「……うわキモ。あんた調子乗ってるとあとでシバくわよ」

 小声で神崎が言ってくるが、無視だ無視。


「エリカお姉ちゃん……愛してる(はぁと)」

「うっ! ぶぷっ!」

「マジで吹き出すのやめてよぉっ!」

「ご、ごめん、予想の斜め下だったわ」

 声こそルリナだが、こいつの前にいるのは俺だからな。


「次! お姉ちゃん!」

「そ、そうだった。あ、愛してる……わよ、ルリナ」

 神崎が上目遣いで言ってきた。

 強い光を宿した目と、紅くなった頬。

 普段は見せない照れが、いつもとのギャップで破壊力を爆上げしてる。

 やべえ! これ分が悪いなんてもんじゃねーぞ!

 このゲーム、美少女とユルオタでやるもんじゃ絶対ない!


「んー? ルリナ、照れてない?」

「う、ううん!? まだ全然! 交互に言い合うんだよ!

 じゃあ……愛してる!」

「あ、愛してる」

「愛してる!」

「愛してるってば」

「投げやりなのはダメだよ! 気持ちをこめて!」

「……あんた、わたしに言わせたいだけなんじゃないの?」

 神崎が顔を近づけドスの利いた声で言ってくる。


「あ、愛してるよー、お姉ちゃん!」

「愛してるわ、ルリナ!」

「愛してるー!」

「愛してる」

「愛してるー!」

「……ちょっと、いつまで続けるのよ。もういいじゃない!」

「あ、お姉ちゃん照れてるの?」

「はあ!? 全然ちがうんですけど! 気持ちがすこしも動かなくて自分でもびっくりしたくらいよ!」


「じゃあ求婚者のみなさん! お姉ちゃんは照れてると思いますか?」

「あっ、汚いわよ、ルリナ!」

「ええと、『百合営業乙』『エリカが照れてる』『妹に微塵も興味なさそうで草』『ルリナが逃げたな』……あれれ。割れてるね」

「ほら見なさい! そういうの見抜かれるのよ!」

「納得いかないーっ! じゃあ、求婚者さんに向かって告白しよ! 反応よかったほうが勝ち!」

「はああっ!? なんでわたしが求婚者に媚び売らなきゃいけないのよ!」


「わたしから行くよ! お兄ちゃんたち……こんなゴミみたいな配信に来てくれてありがとう!」

「ちょっ! ついでみたいにわたしのことディスるのやめてくれない!?」

「……ルリナ、本当はわかってるよ。みんな、お姉ちゃんに会いに来てるんだってこと……ルリナなんて、しょせんお姉ちゃんのオマケなんだって」

「ふぅん? ルリナ、あんたも身の程ってもんがわかってきたじゃない!」

「こんな救いがたいお姉ちゃんに会いに来て、暴言吐かれて傷ついて……そんな時は、ルリナが癒してあげるから。だって、ルリナは、お兄ちゃんのことが……す、すすす、好き……だから」

「人をダシにして取り入ってんじゃないわよ! コメも盛り上がってるんじゃない!」


「さあ、お姉ちゃんの番だよ!」

「だ、だからわたしはやらないって……」

「やらないならルリナの不戦勝だね!」

「くぅっ!? こいつに女として負けたくはないわね……いいわよ、やってやろうじゃない!」

 神崎がえへんと咳払いして、カメラへと向き直る。

 そして、

「き、求婚者のキモ豚さん」

「なんで罵倒から入ったの!? ねえ、なんで!?」

「う、うるさいわね! 挨拶みたいなもんじゃない!」

「そんな挨拶聞いたことないんだけど!? これから告白するのに、いきなり罵ってどうするの!?」

「う、蛆虫。虹豚。キモオタ。ゴキブリ。蚊柱。ええと……ええと……」

「お姉ちゃん、考えてることが声に出てるよ!? 百歩譲ってそう思うのは自由だけど、一応アイドルってていなんだから心に秘めてよ!」


「と、とにかく、求婚者のキモオタ。わ、わたし、あんたのこと、嫌いじゃないって言うか……いつも見に来てくれるし……罵詈雑言浴びせても怒らないし……」

「ううん!? めっちゃ怒られてるからね!?」

「ちょっと黙っててよルリナ! ああもう、とにかく! わたしも、求婚者さんのことは……す、好きって言うか……あ、愛してる……のかも。

 って、うあああっ! そんなわけあるか! 調子に乗るなキモオタどもがぁっ! わたしが愛してるのはお金をくれる求婚者だけよ! なんなら既に求婚者の手を離れてわたしのものになったお金のほうがよっぽど好きよ!」

「それ、お金を愛してるだけだよね!? 最低だよお姉ちゃん!」


「も、もういいでしょ!? ちゃんと言ったわよね!?」

「コメントは……『ありがとうございます!』『ガチデレしててキュンとした』『照れてるのは俺たちが好きだからじゃないけどな』『ここだけループ再生しよう』『¥1200 求婚者の手を離れてエリリのものになった金』……あれ? 好評だ。嘘でしょ!? なんでそこで投げ銭するの!?」

「へへーん! 見なさいよ! しょせんルリナはわたしの妹! わたしについてまわる金魚のフン! ペットボトルについてくる、知らないアニメのノベルティグッズみたいな存在なのよ! あれ、マジで邪魔よね! なまじ凝ってるだけに捨てにくいし!」

「なんの前触れもなく敵作るのやめてよ!? コレクションしてる人だってきっといるよ!」


「それより、不都合なメールはもうないわけ?」

「えーっと……うん、だいたい答えられたかなぁ。あとは常識的なメールだよ」

「そんなの取り上げてもしょうがないわね」

「そういうこと言わないでよ!? まともなメールが来なくなっちゃうよ! 常識的なメールにも答えてこうよ!?」


「前も言ったけど、『好きな食べ物は?』みたいなおもんないのとか、『シャンプーは何使ってますか?』みたいなキモいのには回答しないから!」

「シャンプー十通以上あったからね! さすがにルリナも被りすぎだと思ったよ!」


「わたしがシャンプーの銘柄答えたら、同じのをネットで注文して、『エリカちゃんに包まれてるみたいだぁ、ハアハア』とかやるんでしょ!? 挙げ句の果てにはシャンプーを直飲みするとかいうじゃない! そんなキモいことしてないで、そのくっさい身体洗えってのよ! もともとそのためのもんでしょうが!」

「そ、それはわからないけど。そうなのかなぁ~。ルリナわかんなーい」


「カマトトぶってんじゃないわよ、ルリナ! あんたもガチモンのオタクでしょうが! わたしのシャンプー飲んだりしてないでしょうね!?」

「さ、さすがにシャンプー飲んだりしないよ!? っていうかちょっと口に入っただけですっごい苦いよね!?」


「ふん、わかってんのよ? あんたたちの妄想してそうなことなんて。どうせ、わたしとルリナが一緒にお風呂に入って身体を洗いっこして、『お姉ちゃん胸おっきい!』『ルリナは細くて羨ましいわ』みたいな会話してるとでも思ってるんでしょ!?」

「ぐ、具体的だぁ!」


「あんたら、アニメの見過ぎなのよ! 女同士でそんな会話絶っ対しないから! 声優さんたちが言ってるのはただのリップサービスよ!」

「そ、それはそうかもだけど……お姉ちゃん意外にアニメに詳しいね!?」

「配信で意味わかんないコメントあったら全部あとで検索してるわよ! おかげで豚オタのゲロキモい妄想に詳しくなっちゃったじゃない! キモいキモい言いながら、萌えアニメも声優さんのラジオもひと通り巡回しちゃったわよ!」

「意外に努力家だぁ! その努力をリスナーさんへの気遣いには振れなかったのかな!?」


「こないだあんたに言われてやってみたけど、あの回全然つまんなかったじゃない! 叩かれたことはあるけど『おもんな』とか言われたの生まれて初めてなんだからね!」

「う……それは悪かったけど」

「だから、わたしはあくまでも自分に正直に生きてくわ! それと、初っ端からしつこくコメントし続けてるやつがいるけど、チカちゃんには絶対謝らない!」

 定期的に『チカちゃんに謝れ』のコメントは流れてる。本気で粘着してる何人かの他に、ネタとして真似しだしたやつもいるっぽい。


「そろそろ時間ね! わたしに罵倒されたいって人はちゃんとチャンネル登録しておくように! 罵倒されたら感謝とともにハイチャしなさい! そういうの、貢ぎマゾって言うんでしょ? 都合のいい男がいたものよね! まるでわたしに搾取されるためにこの世に生を亨けたみたいじゃない!」

「だからそういう煽りはよくないってば! みんなも、いいからね!? ここまで言われてその上課金とかしちゃダメだからね!? マジでこの女が調子に乗るから絶対やめてね!」

「ほら、ルリナもやれって言ってるわ!」

「フリじゃねええって言ってんだろぉっ!?」


「じゃ、今日はもう終わるわよ! 学生は宿題やって早く寝なさい! 社会人は、家にいる時くらい奥さんや子どもの相手をしてあげなさい! いい歳して3Dモデルにハアハアしてんじゃないわよ!」

「なにげにいいこと言ってるけど、奥さんいない人はどうすればいいの!?」

「奥さんがいないなら彼女を作ればいいじゃない! あ、こんな配信見て萌えてるキモ豚どもには無理だったかぁ! ごめんねぇ! わたし、無理なこと要求しちゃった! 謝るわーマジ謝るわー!」

「そこは謝るんだ!? っていうか謝る体で煽ってるよね!?」

「求婚者ども、またねー! みんなのアイドル、七星エリカでした!」

「わたしのつっこみ無視!? あ、暴走機関車の連結車両、あんまり利いてないブレーキ役の、七星ルリナでしたぁ! バイバ――」

 そこで、神崎が配信をぶった切る。


「ちょっ! 俺の挨拶の途中で切るなよ!」

「いいじゃない! 誰もあんたの挨拶なんて望んでないわ」

「……ま、そうだけどな」

 俺と神崎は、揃って大きく息をついた。

 コメント欄に目を向ける。配信終了後も、マイチューブはしばらくコメントを受け付けてる。


『あれ、おもしろくね?』『おかしい、七星エリカが炎上しないなんて』『暴言は十分多かったろ』『ルリナちゃんがいい仕事してたな』『なんか吹っ切れた感あった』『俺は応援するぜ!!』『登録解除しようか迷ってたけど継続するわ』『¥7,777 貢ぎマゾ』『これからもクソメール送りますね@たらこパンマン』……


 コメント欄は、いまだ熱気が冷めやらない。

 俺は、すっかり上がった息を整えながら、狂熱の余韻を噛み締める。

 ……ライバーって、いつもこんな興奮を味わってんのか。

 俺の胸にくすぶる興奮の残り火は、なかなか鎮まってくれそうにない。


「……やりきったな」

「そうね。すっきりしたわ」

 晴れやかな笑顔を浮かべ、神崎が満足そうにそう言った。

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