(7)戦力増強計画

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 生まれてきてからべったりだったアンネは、数日の間にひな鳥のようにくっついて歩くというほどではなくなっていた。

 これが親離れかと寂しく思わなくもなかったが、別に悪いことではない――というよりも良いことなので好きなようにさせている。

 そのアンネの最近のお気に入りは、穴を掘ることと魔石をガジガジすることだ。

 前者の穴を掘ることについては、それこそ蟻種としての本能なのか、下手をすれば地下洞窟(迷宮?)を作る勢いで広くなっている。

 もっともアンネとしては別に誰かを招き入れるつもりでは作っていないようで、ただただ気分の赴くままに掘っているだけのようだ。

 いつかシルクかクインのように女王種になって子眷属を作れるようになった場合には、そこに住まわせるつもりなのかもしれない。

 後者の魔石のガジガジは、当初見つけた時にはびっくりして止めようとしたのだが、たまたま傍にいたクインに止められてそのままにさせている。

 どうやら子供のうちは、世界樹の魔力を自然に取り込むことが下手なようで、敢えて経口摂取するように魔石から直接魔力を吸っているとのことだった。

 

 アンネはそんな感じなので自由にさせておき、今はクインとシルクが管理している子眷属についての話をしていた。

 現在の蜘蛛種と蜂種の子眷属と孫眷属は、それぞれ千体を超えるまでに増えている。

 その数で北海道の三分の二弱を管理しているので、多いとみるか少ないとみるかは微妙なところだ。

 広大な土地がある北海道を管理するためにはもう少し増やしてもいいのではないかと考えていたところだ。

 

「――というわけで、子眷属と孫眷属の数を増やしてもらおうと思っているんだけれど、どう思う?」

「何も問題ありませんわ。そういうことでしたらいつでも対応いたします」

「私も同じですね。主様が必要だと思われるのでしたら準備はいつでもできております」

「そうか。それはよかった。無理やり増やすことになったら心苦しいと思っていたんだ」

「魔石の数からいっても普段の食事からいっても、全く問題ありませんのでいかようにも増やすことはできます」

「そうなんだ。ちなみに無理をすればどれくらいまで増やせる? 増やす時間を考えないで」

 

 俺がそう聞くと、クインとシルクは一瞬顔を見合わせてからすぐに答えてきた。

「本当にぎりぎりまで増やすとなると五千くらいでしょうか」

「わたくしも同じですわ」

「おっと。そんなに増やせるのか。思った以上だったな」

「恐らくですが、島の全域を攻略できればもっと増やせるかと思いますわ」

「得られる魔石が増えるからそうなるだろうけれど、七~八千くらい?」

「いえ。恐らく二万くらいにはできるのではないでしょうか」

「あら。それはまた予想外。なんでそんな計算になるの?」

 今で北海道の三分の二を攻略しているので、計算から行けばいっても八千だと思ったのだがどうやら違うらしい。

 その辺りのことは全く分からないので、素直に聞いておくに限る。

 

「普通の土地と領域で得られる魔力が違うのと同じように、領域と領土でも違っているからですわね」

「うん? その言い方だと領土のほうが得られる魔力が多い?」

「そうなりますわ」

「あら。となると単純に数を増やすことを考えると領土化したほうがいいのか」

「確かに計算上だとそうなりますが、あくまでも理論値ですね。それにぎりぎりの数を維持してしまうとその後の余裕がなくなります」

「余裕……ああ、新しい種を生みだすとかか。なるほどね」


 シルクとクインは領域を管理するための子眷属をただただ増やしているのではなく、新しい種を生みだすことにも情熱を注いでいる。

 ある意味では女王種らしい本能ともいえる行動だが、それが領域の運営にも役立っているのだからそれに対して一々口を挟むつもりはない。

 本音を言えば、もっと多種多様な種を増やしてほしいと思っているくらいだ。

 それを言ってしまうと煽ってしまうことになり、必ず無理をすることがわかっているので言わないのだが。

 

 それに、そもそもこんなことを聞いたのはあくまでもいざという時にぎりぎりで持てる戦力がどれくらいになるのかを確認したかったので、本当にそこまで数を増やすつもりはない。

 シルクとクインもそのことが分かっているのか、今すぐにでも増やしていこうという雰囲気にはなっていなかった。

 ただ今この話を二人から聞いたのは、ただ単に参考のために聞いておきたかったわけではなく、きちんとした理由がある。

 

「話を戻して、今ギリギリで五千くらいなのであれば、三千くらいだと余裕を持って維持できるということかな?」

「そうなりますわ。……増やすのですか?」

「そうだね。とはいっても一気に増やす必要はないよ。急いでやっても来年の一年をかけてって感じかな?」

 こちらの世界では正確な暦がないので、雪解けが始まった春から雪が降り積もっている冬までの間のことを一年と呼ぶことにしている。

「なるほど。それでしたら問題なくできそうですが……数を増やす理由を聞いてもいいのでしょうか?」

「別に構わない……というか最初から話すつもりだったよ。別に難しい話じゃなく、そろそろこの島を攻略した後のことを考えないとと思ってね」

「そういうことですか」

 俺の語った理由を聞いたクインが、納得した顔で頷いていた。

 

 北海道全域を攻略すれば、間違いなく本州にあるはずの人の国家が反応してくるはずだ。

 それが交渉で済むのか武力での解決を望んでくることになるのかは、今のところ不透明としか言えない。

 そうなると交渉で臨んできた場合は今のままでも構わないのだが、武力の場合はこちらもきちんとした用意をしておかなければならない。

 そして単純に数を増やして対処するにしても、必ず時間という問題はのしかかってくる。

 それであれば、今のうちから準備しておいたほうがいいだろう。

 数を増やすのに余裕があるのであれば、そのあたりを見極めて事前に増やしておいたほうがいざという時に戦力が足りないなんてことにならなくても済むはずだ。

 

 俺の考えを聞いて本格的に増やすことを検討し始めたのか、シルクとクインの顔が真剣になっていた。

「魔石との兼ね合いもあるだろうから一気に増やすことは考えないで。さっきも言ったとおりに一年で増やせるところまで増やせばいいから」

「いえ。それだけの期間を頂けるのであれば、問題なく増やせるでしょう」

「そうですわね。どちらかといえば、今後も増える土地のことを考えてもう少し増やした方がいいのかもしれませんわ」

「ああ、そうか。増える領域のことは考えていなかったな。そのあたりの調整は任せるよ」

「先ほどの現時点で三千というのと基準にして考えればよろしいでしょうか?」

「だね。大体ギリギリで見積もった場合の六~七割くらいかな? 領域化で得られる土地の性質によっても変わってくるだろうから細かいところは任せるよ」

「「畏まりました(わ)」」

「急に土地を増やしたから下限のギリギリでやってきたけれどね。今後は内政に力を入れる時間が増えるはずだからね」

「やはり人の町の攻略は時間がかかりますか」

「というか、時間をかけてやっていくつもり。いざとなればほかで八割確保して、そのあと勝手に領土化してしまう手もあるけれど……それは最後の手段かな」


 そもそも人が済んでいる土地を勝手に領域化あるいは領土化した場合、どうなるかがわかっていない。

 ダークエルフの里のことを考えれば、人が住んでいようがいまいがお構いなしに変わってしまいそうな気もするのだが、それが人の町の運営にどうかかわっていくのかはよくわからない。

 俺の中でのダークエルフは既に準眷属に近いような位置づけになっているので、あまり参考にならないだろう。

 いずれにしても人が住んでいる二つの町は来年一年をかけても攻略できないと考えているので、それだけの準備期間はあるはずである。




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