(9)初勝利

本日(2020/11/24)投稿2話目(2/2)


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 地形的というか地域的な問題はいずれ時間が解決するだろうということで、眷属たちの頑張りに期待することにする。

 その上で俺自身は何もせずに、ただ黙って眷属たちの報告を待っているだけになるというのも何か違う気がする。

 それに、魔石生成のスキルを覚えて以来、スキルには全く変化が起きていない。

 さすがにそれはダメだろうという思いもあるので、他に何かできることはないか試してみることにした。

 今現状で俺自身ができていることは、魔力を使っての何かしらということになる。

 そもそも本体が木という現実があるわけで、出来ることには限界がある。

 ――と、考えるのはあくまでも俺自身が元人間である常識にとらわれているからという可能性もある。

 とはいえそうそう簡単に人であった時の感覚など捨てることはできないので、いっそのこと発想の転換をしてみることにした。

 

 その発想の転換というのは、折角魔力がある世界で実際にそれを使って分体を作れたりしているのだから「常識外」のことができるのではないかということだ。

 そんな考えのもと、本体の中に戻って魔力の塊――この状態の事も今後分体と呼ぶことにした――で比較的細い根に移動した。

(――で、ここまで来たのはいいけれど、ここからどうすればいいんだろうな?)

 そう自問自答してみるが、当然のように明確な回答が返ってくるわけもない。

 

 今現在やろうとしていることは、魔力を使って世界樹の根や枝を動かすことができないかということだ。

 それができるようになって今すぐに役立てるかどうかと言われれば疑問だが、少なくとも現状何もできないでいる状態よりははるかに進歩することになる。

 というわけでどうにか根を動かせないか、頑張ってみたのだが――、

(うーん。そもそも根本的な考え方が間違っているのか。……いやいや、そんなことを言ったらどうしようも……お?)


 移動した場所で魔力を固めたり薄く延ばしたり、根を覆ってみたりしていると、ふと今までと違った感覚が感じられた。

 それは根の一部を覆っているときに感じられたのだが、何やら魔力の一部が空気に触れたような感触があったのだ。

(ここは地面の中にあるはずで、空気に触れるなんてことはないはず……ということは、もしかして……って、おおっ!?)

 今度ははっきりと意識して根の一部を魔力で覆って、その魔力自体を思いっきり動かすように意識してみた。

 

 すると見事に地面に埋まっていたはずの根が、重いはずの土を除けて地面にピンと針のように立ち上がった。

 もしこの場に誰かがいれば、一本だけ不自然なまでにまっすぐに宙に向かって立っている根を見て驚いたはずだ。

 そしてその変化は、根が地面の上に隆起しただけではなかった。

 魔力を自在に動かすとそれに合わせて根も動き始めたのだ。

 

『ピンポーン。魔力を使って根を操作できたので、新たなスキルを覚えました』

 

 根をうねうねと動かしていると、そんなアナウンスが聞こえてきた。

 その内容は確認するまでもなく、根を動かせるようになったことで得たスキルについてだった。

 その名も『枝根動可』で、名前の通りに根や枝を動かすことができるようになるスキルだ。

 枝はともかくとして、普段は地面の下に隠れているはずの根を自在に動かせるようになるということは、これまでの制限が大分緩和されることになる。

 事実早速やってみたいことができたので、色々と試してみた。

 

 鞭のようにしならせてみたり、槍のように固くして突き出してみたりと根と魔力を使っての実験は思った以上に幅広いことができることがわかった。

 そうなってくると、次にやってみたくなるのが実戦だ。

 ――というわけで、一度分体になってルフを根のある場所まで誘導した。

「ちょっとお願いなんだけれど、ここまで適当な魔物を引っ張ってきてくれるかな? とりあえずは一体だけで」

 初めて頼む頼みごとにルフは少し首を傾げていたが、何かを試そうとしていることがわかったのか、すぐにその場から離れて魔物の誘導に向かった。

 

 魔物が領域に入ってくれば、すぐにその存在が分かる。

 現在は領域内に魔物がいないことはルフもわかっているはずだ。

 ちなみに眷属たちは|世界樹≪俺≫とは違った方法で、領域内に入ってきた魔物を感じ取っているようだ。

 具体的にどうやっているかはそれぞれ個別に違っているようで、詳しく聞いてもいまいちよくわからないというのが聞いた時の感想だった。

 とにかく領域内にいないことはわかっているので領域外から魔物をこの場所まで引っ張ってこなければならず、いくらルフでもそこそこの時間がかかるはずだ。

 

 そんなことを考えていたら、ルフがに十分程度で指定した場所に戻ってきた。

 しかも連れてきているのはオーク一体で、実験をするにはちょうどいい強さと数だ。

 ルフは猟犬――というと怒られるかもしれないが――としても十分な能力を持っているらしい。

 とにかくルフはしっかりと仕事をこなしてくれたので、あとは予想通りにうまくいくか試してみるだけである。

 

 オークが予定の位置にしっかりとはまった瞬間、根を動かしてそのまま絡めとる。

「ギガッ……!?」

 動かないはずの根が動いてそのオークは驚いていたが、すでに時は遅し。

 慌てて体を動かして思いっきり根を引きちぎろうとしたりしたが、そんなことで世界樹の根がちぎれるはずもない。

 

 拘束具としてはしっかりと役目を果たしてくれた根だが、問題はこの先だ。

 あとは捉えたオークをどうやって始末するかなのだが、ここでふと気づいたことがある。

 そもそも『枝根動可』の複数同時利用ができるのかということだ。

 そんなことくらい想定しておけと言われそうだが、新しいスキルを覚えたことに浮かれてすっかり忘れていた。

 

 仕方ないので、ぶっつけ本番で試してみるしかない。

『枝根動可』の複数利用となると、根本の考え方として魔法の平行稼働をするしかない。

 魔力を複数に分けないと複数の根を操れないのだからこれは絶対の条件になる。

 そんなことができるのかどうか一瞬不安になったのだが、これはあっさりと実行することができた。

 後から分かったことなのだが、そもそも分体生成が魔力の複数利用にあたっているようで、普段使い技術の応用だったのでそこまで難しくは感じなかったのだ。

 

 予想以上に上手くいった枝根動可の複数利用に気を良くして、自由に動かせる根を槍のように固くしてオークに向かって突き刺した。

 オークもその根の動きには気づいて激しく動き始めたが、もう一つの根が絡まっている以上はまともに動くことはできない。

 結果として動くことのない的と化したオークに、根の槍がほとんど抵抗もなく突き刺さった。

 

(あれ? これだけ? もうちょっと刺さる時に抵抗とかありそうなもんだけれどな……?)

 そんな考えが一瞬よぎったが、戦闘はまだ続いているので油断はできない。

 ただそう思っていたのは俺だけで、刺された当人も脇で成り行きを見守っていたルフもすでに勝敗の行方は分かっているようだった。

 オークは結局それ以上の抵抗をすることなく、そのまま息絶えてしまったのである。

 

 俺は、オークが完全に動かなくなったことを確認してから枝根動可を解除した。

 根がいつも通りの位置に戻るのを確認してからルフがオークに近寄ってきて、嬉しそうに尻尾を振り始めた。

 事の成り行きを最初から最後まで見ていたルフには、このオークを俺が直接倒したことが理解できていて、そのことを喜んでいるのだ。

 そんなルフに分体になって礼を言って魔石を回収するようにお願いをして、俺自身は再び木の中へと戻り初勝利の喜びをかみしめるのであった。




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