第81話 罪・中

「曽根崎署は、大変そうやなぁ。冤罪訴えて容疑者は自殺するわ、署内で爆発があるわ。宮城さんも、苦労絶えんな。22年前の事件も、うやむやのままやのに」

 香田は楽し気に笑うと、勝手に会議室の中に入り置かれていたソファに腰を落とした。真田はそれに続くと、軽く頭を下げる。

「――うるさい。何でお前がここに来たんや」

 宮城は、少し憔悴しょうすいした顔つきだった。しかし香田が口にした言葉に、僅かに顔を強張こわばらせた。だがすぐ真顔に戻り、外に出ようとしたのを止めて彼は再び会議室に入り、ソファに座る香田の前に立った。

「事情聴取を受けている、『Majestマジェスティ』の流星さんを迎えに来ました」

「それって、ホームレスの方を助けたホストかしら?」

 真田の事だが耳に入った櫻子が、ゆっくりソファに歩いてくると宮城の横に立った。香田は、笑みを深くして櫻子に軽く手を振った。

「櫻子さんは、相変わらず綺麗やなぁ。一課の中に居ると、より際立って目の保養になるわ」

「はい。再び呼び出されましたので、こちらとしましても度々彼を呼び出されては業務に支障が出ます。必要な事は、全てお話したと流星さんから聞きましたが」

 香田とは違う冷静で仕事に徹底した彼は、香田を真っ直ぐ見てそう言った。

「――一応、冤罪では無いかを調べ直すために、もう一度聞き直しただけや。すまなかった、話は聞き終わった筈やから、もう帰って貰ってええ」

「的確な判断、感謝します。取調室は一課に続く部屋にある筈ですね。今一課は使用出来ないと聞きましたが、彼はどこに?」

 そう言いながら、真田は辺りを見渡した。即席で用意された会議室兼一課の部屋には、まだ帰り支度をしていない仕事中らしい沢山の刑事がいた。様子を窺うように、こちらをチラチラと見ている。

「小会議室を、取調室の代わりにしいてます。この会議室より端の方の部屋です…案内しましょうか?」

 宮城の下の、30代後半らしい片桐警部補が声をかけた。宮城の秘書のような存在の竜崎がいないので、彼が変わりをしているのだろう。黒縁の度の強い眼鏡をかけた男だった。

「いえ、大丈夫です。一条警視に案内をお願いします」

「え?」

 不意にそう言われた櫻子は、驚いたような顔をする。しかし、香田が意味ありげに唇の端を上げるのを見た彼女は、自分のカバンを手にすると会議室のドアへと向かった。

「ま、――アンタも少しは休みや」

 香田は腰を上げて宮城の方をポンと叩くと、櫻子の後に続いた。真田もそれに続く。


 香田たちが姿を消した後の一課は、僅かにほっとした雰囲気になる。

「すまんな、今度こそ竜崎の見舞いに行ってすぐ戻ってくる――犯人は、絶対に検挙してやるからな」

 竜崎の見舞いに行こうとして、丁度部屋を出た時に香田に邪魔されたのだ。面会時間は過ぎているが、宮城はまだ彼の見舞いに行けていなかったのを気にしていたので、病院に無理を頼もうと考えていた。

 片桐を始め、一課の刑事全員が「はい!」と力強く宮城に返事をした。警察官は、同じ警察官を狙う犯人に対して躍起になる傾向が強い。今回の事件の犯人に対して、強い逮捕意欲が増していた。宮城自身も直接はこの事件の指揮をとれないが、早く犯人を検挙する事を強く願っていた。



「わざわざ、どうして貴方が?」

 櫻子は、少しトーンを落として、香田にそう話しかけた。真田が迎えに来るだけで十分な筈だ。

「櫻子さんは、今回の事件どう考えてるんや?」

 香田はその問いには答えず、逆に櫻子に質問を返した。その問いに、櫻子は僅かに眉を寄せた。

「何か知っているの?」

「犯人には心当たりはないが、『大阪市ホームレス連続殺傷事件』と似てるなぁと思ってな」

「22年前、宮城さんが担当されていた事件です。冤罪の疑惑が残った事件でした」

 その事件は、櫻子にはぼんやりとした記憶しかない。名前だけは知っている、程度だった。

「今日は、シャンパンでも飲みながら昔話聞かせたる。この事件は、警察関係者はあまり話したがらんやろうからな」

 小会議室の前に着くと、櫻子はノックした。すぐにドアが開き、若い刑事が顔を見せた。

「一条警視、どうして…と、そちらの方は?」

 今回の爆発事件を担当する事になった、一課の富田班の若手だろう。不思議そうに櫻子を見てから、香田たちに視線を向けた。

「もう話は聞き終わった?宮城さんから、流星さんの帰宅を許可されてるわ。彼らは、流星さんのお店のオーナーと弁護士さんよ」

「オ-ナー!」

 その言葉が部屋の中にも聞こえたのか、白いスーツに赤いシャツの長めの金髪に近い派手な若い男が慌てて駆け寄ってきた。

「そうですか、分かりました。貴重なお時間、有難うございました」

 彼らは、素直に流星を部屋から解放した。流星は、ホームレスを助けただけで、容疑者ではない。

「有難うございます」

 真田は頭を下げる。富田班の刑事も深々と頭を下げた。香田はついて来いと櫻子に視線を向けて、歩き出した。

「お疲れ様」

 櫻子もそう声をかけて、香田たちから距離を開けるように、ゆっくりした足取りで曽根崎警察署の玄関へと向かった。香田たちは疲れた様子の流星を連れて、先に出ていた。

ねえさーん!」

 少し離れた道路の脇に、黒い車が止まっていた。その車の運転席から、見慣れた池田が手を振っている。櫻子は人目を気にして、足早にその車に向かうと中に乗り込んだ。

 車の助手席には、ホストの流星。真田と香田が後部座席に座り、櫻子はその香田の隣に腰を落とした。

「じゃあ、行きますね」

 池田が運転する車は、丁寧な運転で走り出した。

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