第421話:これだから人はおもしろい。


「……えっ?」


 あまりに突然の出来事に反応する事が出来なかった。


 ただ、目の前に居たタチバナが前に一歩踏み出し落下していった。


 俺がすぐに反応で来ていればその手を無理矢理取る事が出来ただろうか?


 きっと出来たのだろう。


 恐る恐る下を覗き込むと、そこには、あるべきはずのタチバナの遺体が無かった。


 ……転移でもしたのか?


『逃げられちゃったわね』


 ああ、そうだな……でもいいさ。生きてりゃまた会える。

 次に会った時、奴がこの手を取ってくれればそれでいい。

 もしもそれでも拒否するようなら、その時は覚悟を決めるさ。


 同郷のよしみってのもあるから出来れば敵対はしたくない。

 この世界に転生してきて大変な事だって沢山あった筈だ。

 俺ならその話に付き合ってやれる。


 時間さえあれば、あいつの心の壁だって壊してやることができるかもしれない。


 結局奴がどうしてあんな事をしたのかはよく分からないままだったけれど、タチバナが関与していたのならばいろんな話に納得がいく。


 タチバナがそこまでの技術を持っていたのは不思議だけれど、そんな事はどうだっていい。

 出来れば次に会うまで、もう過ちは繰り返さないでくれよな。


 このまま一人遠くに逃げてくれていたってかまわない。

 魔物と関りが無くなれば俺は手を出さないし敵対する必要もない。


『でも今までのいろんな事は彼がやった事なんでしょう? ランガムの兵器も、ラヴィアンのアレだって……それに魔物化した人達も……』


 分かってるよそんな事は。

 だけどさ、俺はそれでも問答無用で殺すなんて事はしたくないんだ。

 奴が生きて罪を償う気があるんだったら、俺はそれに力を貸すつもりだし余計な事を周りに言うつもりもない。


『君の大切な人達だって被害にあったのよ? それでも許すの?』


 許す許さないって言うかさ、結果的にリリィとラムのおかげで人々は元に戻れたし、ランガムの兵器は不発だったし。

 ……ラヴィアンの件だけはどうしようもないけどな。


 リリィやマァナあたりに知られたらきっと殺すと騒ぐだろう。


 俺だってあいつらの立場だったらそう思うし絶対に殺す。許せるはずがない。


 俺がタチバナを許すって事はラヴィアンの大きな犠牲に目を瞑るって事になる。

 人としてきっと許されない行為だと思う。


 だけど、それでも……。

 奴の口から思いのたけを全部聞き出してからじゃねぇと判断なんてできねぇよ……。


『あの子も言ってたけれどやっぱりミナト君は甘いわね』


 ……俺だって怒ってるさ。

 ただ、許せないって感情より何故? が勝っちまってるんだよ。

 あいつなんでこんな事になっちまったんだろうな……。


『で、どう報告する気なの?』


 それが困りもんだが……まぁいいさ。

 現状俺とシルヴァしか奴の仕業だっての知らないんだから慌てる事は無い。


 とりあえず帰ろうぜ。


 俺は複雑な思いを胸に抱えたまま拠点へと戻った。

 きっともっと上手いやり方があった筈だ。

 後悔ばかりが残る。


 だがまだ終わったわけじゃない。

 俺にはやる事が山積みなんだから。

 奴を最優先にする事は出来ないが、まだ諦めるつもりもない。


「帰ったかミナト……で、どうだった?」


 シルヴァは俺の顔を見るなり試すようにそう聞いてきた。


「死んだよ」


「……そうか」


 こいつは一部始終を見ていたに違いない。

 音声までは届かなくとも、映像としては監視していた筈だ。


 その上どうだった? なんて聞くのは俺がどう対応するかを確認しようとしているって事だ。


「ミナト、もう一度確認するぞ? タチバナは……」


「はぁ? 魔物に手を貸してあれこれと悪さしていた馬鹿野郎は死んだって言ってんだよ。それ以上何も言うな」


「そうか。ならば僕もこの件についてはもう何も言うまい」


「すまないな」


 シルヴァは少しだけ表情を柔らかくしてうっすらと糸のような目を開いた。


「なに、構わんさ。これだから人というのは面白い」


「俺もう人じゃないんだわ」


「くくくっ、そうだったな」


「他に用が無きゃ俺はもう部屋に戻るぞ。どっと疲れた」


 もう部屋に戻って布団を頭からかぶってしまいたい。

 考えても答えが出ない事を悩んだってしょうがない。後はなるようになる。

 ならないのならなるようにすればいい。


 それがその時、まだ間に合うものならな。


「そうだミナト、一つ忠告だ」


 階段を上がっていく俺の背にシルヴァの言葉が刺さる。


 忠告、と来たか。


 ……いったい何を言われるのかと身構える。


「……覚悟はしておきたまえ」


 その、字面だけ聞いたら物騒極まりない忠告もシルヴァの表情を見ると訳が分からなくなる。


 なにせ奴はとても愉快そうに笑っていたのだから。


「なんだよお前こえぇよその顔やめろ」


「いやはや、僕は忠告したからね。後は頑張ってくれ。この後リリィと約束が有るので席を外す。ゲオルもオーサンもオッサもかむろも今日は留守にしている」


「はぁ? みんな揃ってどっかに買い出しにでも行ったのか?」


 かむろなんて基本的に小さな狐の姿のまま屋根裏で寝てばかりなのにあいつまで出かけているというのはどういう事だろう?


「つまり、邪魔者は居ないという事だ。ではなミナト」


「おい待て……ってもう行っちまったか……なんだってんだ畜生」


 俺がシルヴァの言葉の意味を知る事になるのは部屋に戻って適当に服を脱ぎ棄て布団をかぶり、仮眠した後の事だった。



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