第376話:ネコ以下のミナトくん。
翌日からリリィはシルヴァに連れられてどこかへ修行に行く事になった。
毎日ズタボロになって帰ってくるリリィをマァナは心配していたが、ジーナはいつも通りで特に変化はなかった。
驚くべきはリリィで、毎日相当厳しい訓練をされている様子なのに翌日になるとケロっとしている。
精神的にも肉体的にも前日の疲労やダメージを引き摺らない。
その辺が不屈のなせる業なのかもしれないが、戦闘なんて一切した事の無い人間が一から、しかもいきなり六竜に絞られるとあればかなりの負担だろう。
と、少しだけ気になってある日シルヴァに聞いてみた。
「リリィの様子はどうだ?」
「ふむ……飲み込みは非常に悪いと言わざるを得ないね」
どんなに打たれ強かろうが鋼の精神力を持っていようがポンコツはポンコツなんだなと思った所で意外な反応が飛んで来る。
「しかし、アレは化けるよ。戦闘能力は皆無と言っていいがね、マリウスの持っていた能力に関しては既にそれなりの水準で行使できる」
「……嘘だろ? さっき飲み込みが悪いと言ったばかりじゃないか」
シルヴァは目を細めて、少しイラつきながら言った。
「要領がとにかく悪い。一から十まで説明しないと何もできない。覚えも悪い。……その代わり、一度できるようになってからの伸びは凄まじいよ」
一から十まで説明しないと何もできない、というのはちょっと間違っているような気がする。
多分あの女は出来る限り手取り足取り教えてもらう為にわざと全く理解できない振りをしてるんだ。
そんな証拠がどこにも無くとも、俺にはなんだかその確信があった。
「シルヴァ、一つアドバイスをしてやろうか?」
「? なんのアドバイスをしてくれると?」
「リリィが一発で教えた事を覚える方法だよ。多分だけど劇的に効率が上がるぞ」
シルヴァは首を傾げながらも、「そんな方法があるのなら教えてもらいたいものだ」と笑う。
「お前信じてないだろ? でもな、一度騙されたと思ってやってみな」
「ふむ……アレの不器用がそんな簡単に治るとは思えないが……一応参考までに聞いておくとしよう」
俺はそんなシルヴァに魔法の言葉を教えてやった。
彼は「そんな事で変わるとは思えんが……」と訝しんでいたものの、とにかく一度試してみろと念を押しておいたので明日の夜には結果が分かる事だろう。
それはそれとして問題は自分の方だ。
早く寝ないと明日に響く。
俺は俺で毎日修行をしていた。
精密な魔力コントロールが必要で、俺にとっては一番苦手な特訓を強いられている。
とにかく毎日精神疲労がきつくて頭が回らなくなってしまいそうだ。
部屋に戻りベッドにダイブするとあっという間に眠りに落ちる。
そして翌朝……。
「ごしゅじーん、今日もそろそろ始めますよぉ~? ラムちゃんが待ちくたびれてますぅ」
「ああ、今行くよ」
眠い目を擦りながらベッドから起きて着替えを済ませ、階下へ降りるとネコとラムが出迎えてくれた。
「まったく、いつまで寝とるつもりなんじゃ待ちくたびれたのじゃ」
「悪かったって。最近脳味噌使いすぎて眠りが深くってな」
ラムは唇を尖らせながら「今日もしごいてやるのじゃっ!」とやる気満々である。
で、俺に課せられた修行の内容というのは……。
「ほれほれまた魔力を流し過ぎておる。それでは常時張り巡らせてはいられんぞ?」
「うぅ……こ、こうか?」
「馬鹿者! 今度は弱すぎじゃ! それではあっさりと精神汚染を受けてしまうのじゃ!」
ラムはとても可愛らしく優しい少女だが、師匠にするととんでもなく厳しい。
今俺がやっているのはシルヴァが編み出してくれた精神汚染防止の魔法を常時張り巡らせる修行なのだが、これがとにかく難しい。
その魔法自体はごく少量の魔力で発動できるため、常時張り巡らせる事はそう難しくは無い……らしい。
現にラムはその仕組みを理解するなり即座に使用してみせ、彼女に言わせると慣れれば意識などしなくても継続させる事が出来るそうだ。
しかし俺には繊細な魔力コントロールというのがとにかく難しくて、かなり難航している。
魔力コントロールに優れた魔法師の記憶を引っ張り出してくればそりゃ出来る。簡単にできる。
だが、どちらかというとその記憶を常時引き出しっぱなしにしておく事の方が俺には負担だった。
呼び出す時間が長くなればなるほどそいつと自分との境界が曖昧になってしまうので、自力でこなせるようにならないといけない。
そして俺は毎日毎日庭先でラム師匠に見張られながら精神障壁魔法の修行に明け暮れている訳だ。
ラムの厳しい所は、俺が一瞬でも障壁を弱めてしまったりするとその隙をついて俺に精神感応式ジャミングとやらを仕掛けてくる。
それがなんなのかといえば、一瞬で頭の中をぐちゃぐちゃにかき回されたようになり眩暈に襲われ立っていられなくなり転げまわりながら嘔吐してしまうほどの質の悪い魔法だ。
つまり、今俺は眩暈と吐き気に襲われ地面を転げ回っている。
「ごしゅじん……本当にこういうの苦手なんですねぇ? 私でももう出来るようになりましたよぉ?」
のた打ち回る俺に優しく手を伸ばしてくれるネコの、可哀想な物を見るような目がとても辛い。
少なくとも今の俺は、明確にネコよりも下だった。
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