第308話:六竜VS人間。


「残念だけど俺は普通の人間だぜ? ちっちゃくてちんけで矮小で卑屈なごく普通の一般人だよ」


 その笑みには、言葉通りの自虐が含まれていた。


「人間が耐えられるような攻撃をした覚えはないんだけどな……」


「そりゃそんな攻撃モロに受けたら人間なんか消し飛んじまうだろうぜ。本当にあんた何者なんだ?」


 お前は無事じゃねぇかよ……。

 こいつの得体のしれない何かを早く解明しないと無駄に戦いが長引くかもしれない。

 万が一にも負けるような事は無いと思うが……。


「気に入らねぇんだよなぁその焦ったフリがよぉ……」


「残念だけど本当に焦ってるんだよ。こちとら人質とられてるからな」


 シャイナは必ず無事に保護しないといけない。


 俺の言葉にゲイリーは「ちっちっちっ」と人差し指を顔の前で振る。


「俺が言ってるのはそういう事じゃあなくてよう。あんた俺に負ける事なんて想定してないだろ? いつだってそうだ。上に立つ奴、権力のある奴、力のある奴、そいつらはいつだってそうだ。地べたを這いつくばってる奴等の事なんて気にも留めない」


「それは違うな」


「何が違う」


 ゲイリーの表情からヘラヘラした笑いが消えた。


「俺はどんなに弱い奴だろうと地べた這いつくばってる奴だろうと自分の信念をもって生きている奴は尊敬するし、どれだけ力があろうと権力があろうと糞野郎は糞野郎だ」


「ふ、ふははは……ちげぇねぇや。でもな、世の中弱い人間ってのに救いなんてもんはねぇ。運よくあんたみたいなのに拾い上げられる奴も居るのかもしれねぇけどな、普通はそうじゃあねぇんだ。それと……あんたの言う通り、糞野郎は何があってもいつだって糞野郎なのさ。……俺みたいにな!」


 長台詞を言い終わるやいなやゲイリーがこちらに突進してくる。

 早い。が……それは人間としては、だ。


 俺の目の前でフェイントを入れて軌道を変え、俺の側面からダガーを投げつけてきた。


 俺はそれをしっかりと見極めてギリギリでかわし、カウンターを……。


 ガギン!


「いってっ! ……なんだ!?」


 俺の眉間に奴のダガーが直撃し、跳ね返って床に落ちる。


 間違いなく避けたはずだ。


「おいおい……刃物が顔面に当たった音じゃねぇだろ……なんでそれで怪我の一つもしねぇんだよこの化け物め……」


 ズザザっとゲイリーが距離を取る。


「生憎と俺はもう人間やめてるんだって。お前の攻撃は効かない。いくらやっても無駄だ……諦めろ」


 こんな攻撃ならダメージらしいダメージにはならない。


 ……が、先ほどのカラクリはさっぱり分からない。完璧に避けたはずのダガーが気が付いたら俺の眉間にクリーンヒットしていた。


 普通の人間だったらこの一撃で致命傷だぞ。


「まったくこれだから嫌になるぜ……世の中不平等の極みだ。俺みたいなちっぽけな人間はよぉ、強くあろうとしたらに人の道を踏み外さなきゃならねぇんだよ!」


 奴はどこからともなく大量のダガーを取り出し、明後日の方向にそれらを全て投擲した。


「どこに投げてやがる……?」


「おらよっ!」


 ゲイリーが腕を振るうとダガーは不規則に軌道を変えてあらゆる方面から俺に向かってきた。


「だからそんな攻撃じゃ俺には効かねえって言ってるだろうが!」


 原理はまったく分からないが投擲されたダガー程度の攻撃じゃ俺に傷をつける事は出来ない。


 のだが……。


「うわっ、な、なんだこれは……!?」


 避けている。俺は全部避けている。

 なのに気が付くと全く予想もしていなかった場所にダガーが直撃している。


 ダメージはなくとも多少は痛いし、意識してない場所への攻撃だとさすがに怯む。


 しかもそれが次々と際限なく繰り出されていった。


「おらおらおらおらおらおら!!」


「クソが……鬱陶しいんだよ!」


 避けるのは無駄だと判断し俺はダガーを叩き落そうとしたのだが、見事に空振りし、次の瞬間ダガーは俺の身体のどこかに当たっている。


 これはダメだ。

 避けるのも、受けるのも無駄だ。


「あぁぁぁぁもううぜぇぇぇぇぇ!!」


 俺は自分の身体の周りに風魔法で渦巻を作り、俺に向かってくるダガーを全て吹き飛ばした。


「なんとなく分かったぞ……お前俺に何かしやがったな……? 何かは分らんが認識が阻害されるような魔法か? 見えている景色が本当ではなくとも俺の周りにダガーがあるなら全部まとめて吹き飛ばせばいい」


「ははっ、その通りだよやっと気付いたか? でも俺がただ無意味にそんなもんを放り投げていたとでも?」


「なんだって……?」


「自分で吹き飛ばしたダガーがどこに行ったかも理解出来てないだろ?」


 何を言っている? 仮に吹き飛ばしたダガーが再び全部俺に降って来たとしても大した意味なんてない。


「ちなみにこの空間は俺の使える最高の魔法でね」


 ゲイリーは再びおどけたような態度を取る。


「大したもんだよ。でもそれがどうした」


「この空間はさ、俺を超絶強化した上で中に取り込んだ相手を超絶弱体化させる効果があるんだ」


「嘘だな。お前の強化はともかく俺は弱体化している感覚は無い」


 ママドラは封じられているからある意味弱体化しまくってるけどな。


「……弱体化のタイミングも任意だとしたら?」


 ゲイリーが突然すさまじい殺気を放つ。


 任意のタイミングで相手を弱体化……それはまずい!!


「ちなみにさっきは刺さらなかったから気付かなかっただろうけど少しでも皮膚に刺されば大爆発を起こす仕掛けをしてあるぞ! ダガーの雨に打たれて爆散しろ!」


「ちっ、面倒な事ばかり……!」


 これだから人間の相手は嫌なんだよ畜生め。


 俺は再び上空へ向けて風魔法を放つ。

 見えなくとも吹き飛ばせば同じ事だ。


「なんちゃってー♪」


 俺の意識が上に向いた瞬間にゲイリーは懐に飛び込んでいて、気付くのが遅れた俺の脇腹に奴のダガーが……。


 ガキン!


「……へ?」


 ゲイリーは俺を弱体化させてダガーを突き刺し爆破しようとした……はずだがそれでもなお俺はそのダガーを弾いてしまった。


「おいおいこれでも通らねぇのかよ!!」


 ゲイリーは絶望したように顔を歪めた。


「なんだよ驚かせやがって……お前の弱体化じゃまだまだ俺には……」


「なんちゃってーっ!!」


 ゲイリーは悪魔のような笑みを浮かべて俺から飛びのいた。


 その笑顔の意味を理解するより早く、見えないダガーの雨が俺に降り注ぎ、それら全てが俺の皮膚に小さな傷を付け、爆発、爆発、爆発。


 一瞬にして目の前と頭の中が真っ白になった。


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