第262話:ぐちゃぐちゃでぬちゃぬちゃ。
「ラムちゃん! こいつら全部で何匹くらい居る!?」
上空で成り行きを見守っているラムに確認を取ると「二百はおるのう」と絶望的な言葉が返ってきた。
つまり俺達は今から……。
「こいつら全部に一度飲み込まれなきゃいけないって事になるわね……はは、私汚されちゃう……」
ティアの表情から覇気が消え、感情が消え、無になった。
「お、おい……ほかに何かないのか? 例えば口開けた瞬間に口の中に魔法ぶち込むとかさ」
ティアはゆっくりこちらに振り向いて、力なく首を横に振った。
そして。
遠くからびゅーん! と伸びてきたぬめぬめしたピンク色の何かに絡めとられて飛んで行った。
「ティアっ!?」
どうやらそれはエリマキワニガエルの舌だったようで、ティアは抵抗する事もなくその口の中へ消えていった。
「ひ、ひぇぇ……ごしゅじん、ど、どどどどうしたら……」
「わ、わからん……!」
ぼばんっ!
エリマキワニガエルの腹部が勢いよく破裂し、あっさりと息絶える。
ティアが体内からやってくれたらしい。
しかし、ティアは全身頭からつま先までぬちゃぬちゃした粘液まみれになっていて、無表情なのに今にも泣き出しそうな雰囲気だった。
ティアはこちらにチラっと視線を向けると、グッと親指を立てサムズアップし、そのまま親指でエリマキワニガエルを指さす。
お前らも早くやれと言わんばかりだった。
「ネコ……覚悟を決めろ。いいか、飲み込まれたら体内から攻撃だ。分かったな?」
……返事は無い。
「ネコ……?」
ネコの居た場所を見ると、既に彼女はそこにおらず、別方向からの舌に絡めとられて今まさに丸呑みされたところだった。
「あぁ……、ネコまで……」
すぐにエリマキワニガエルの腹を掻っ捌いてぬっちゃぬちゃのネコが現れた。
その眼からは光が失われ、無論表情からいつものアホ面と笑顔は消失していた。
エリマキワニガエルの集団は、仲間が無残に殺されているというのに全く引こうとはせず、ただひたすらに襲い掛かってくる。
まるで蟻の軍隊のようだ。
個がいくら死のうが気にしない。種として生き残ればそれでいい。
そんな無茶苦茶な力強さを感じる。
俺は、恥ずかしながらこの敵から逃げたいと思ってしまった。
ぐちゃぐちゃぬちょぬちょになりながら坦々とエリマキワニガエルを始末していくティアとネコを置いて、逃げてしまいたいと思ってしまった。
『ミナト君、覚悟を決めなさい! 君が率先してこいつらを倒すのよ!』
……よし、逃げよう!
『……えっ? 嘘、本気で言ってる?』
こんな奴等の相手してられるかーっ!
俺はその場から逃走しようとした。割と本気で逃げようと思った。
その時だ。
「ミナト、流石にそれはダメじゃろ……諦めよ」
天から幼女の声。
そして俺が全力で蹴った筈の地面は、存在しなかった。
思い切りその場で足が空回り。
盛大にジメっとした湿地に頭から突っ込む。
「ぐえっ」
「天罰じゃ天誅じゃっケラケラケラ!」
本当にケラケラ言いながら笑う奴初めて見たよ!
「くっそ、こうなったらこの辺り一面吹き飛ばして消し炭にしてや……うわーっ!」
体制を整えようと思った時には俺の足に奴等の舌が絡みついていて、物凄い勢いで引き寄せられていく。
空中でなんとか舌を切りつけたものの、本当に一切効果がなく弾かれてしまった。
そして、大きく開けられたその口に放り込まれる。
視界が真っ暗になり、次の瞬間勢いよく溢れ出したねとねとした液体が俺の身体に降り注ぎ、そのまま狭い食道へ流し込まれていく。
生暖かいぬめぬめする気持ち悪いぃぃぃっ!
食道自体はとても短く、その後ぼとりと少し広い場所へ落とされた。腰から下くらいまでねとねと溶液で満たされている。
ここが胃で、この液体は胃酸か何かのようだ。
皮膚がほんのりピリピリするのを感じる。
『さっさと脱出しないと溶かされちゃうわよ!』
さすがにもうドラゴン並の皮膚強度になってる俺はそうそう溶かされたりしないだろう?
『いや、君じゃなくて……』
まぁいい、早くこんな所から出よう。
胃の中で適当な魔法を炸裂させると、いとも簡単にはじけ飛びでろでろの胃酸と共に青空の下へ帰還する。
こんな事をあと何回繰り返せばいいんだ……?
単純計算で敵が二百体前後だとした場合、こちらの戦力は三人。
一人あたま六十~七十体程度倒さなければいけない計算になる。
これを後七十回繰り返せっていうのか……?
俺はともかくティアやネコは大丈夫だろうか? 皮膚が溶かされてしまうのでは……?
『安心して。こいつの胃液は長時間浸かり続けたりしない限り大丈夫よ。人体はね』
人体は、ってどういう……?
「ってうわーっ!」
今度は別のエリマキワニガエルに飲み込まれる。
先程とまったく同じで、真っ暗になってねめぬめをぶっかけられて飲み込まれて……ぼちゃんと胃液プールに放り込まれて胃をぶち破って生還。
「うえっ、気持ち悪っ……」
ティアが言ってたのはこういう意味か……。
人としての尊厳とか、大事な物ををぐちゃぐちゃぬちゃぬちゃに汚された気分。
なんかもう、泣きそう。
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