第118話:〇ーの鏡。


 俺の眉間に皺が寄ったのに気付いたジオタリスは慌ててタヌキ姫に訂正をした。


「ひ、姫! この方はミナト殿と言ってですね、俺の従者などではなく……その、どちらかというと俺がこの方に付き従っているといいますかその……」


「へー、そーなんですの? どうでもいいので早くこちらに座って下さいまし」


 この姫様人の話聞きゃしねぇな。


 そんな狼狽するジオタリスを見て犬獣人が笑いを押し殺していた。

 どうやらこの犬もジオタリスの知り合いらしい。


「皆さまこちらへどうぞ。今お茶をお持ちします」


 犬獣人が俺達を固い長椅子に座らせ、どこかへ消え、数分でお茶を持って帰ってくる。


「さぁどうぞ。ここではあまりいいお茶を用意できませんがそれなりに味は保証しますよ」


「あ、おかまいなく」


 ジオタリスが犬獣人にそう返すと、犬獣人はギロリと睨みつける。


「当たり前だ馬鹿め。誰が貴様などに茶を出すか愚か者め」


「っ!? そ、その喋り方……お前、ロリナか!?」

「ロリナって言うな殺すぞ! 私はロリナージャだこの脳味噌下半身男が!」


 ……俺は思った。もしこの獣人たちが人間だとして、人間が獣人になってしまうような現象があるのだとしたら。

 きっとジオタリスは猿になるんだろうなって。


『犬猿の中、ってね♪ ってやかましいわ!』

 ママドラさぁ……暇な時に人の記憶漁るのやめてくんない? 発言が段々日本人染みてきてるのはいいとして参照場所が絶対おかしいんだよな……。

『あら、私は好きよ? そのお笑い? とかいうやつ。私ツッコミやりたいツッコミ!』

 はいはい。暇な時にネタでも考えててくれ。

『なんて日だっ!』

 分かったから少し大人しくしてろって。


「ナージャ、お茶ありがとう。……で、どこから話そうかしら……わたくしあの日、いつものように城を抜け出して街で買い物してましたのよ」

「私は姫に何かあってはまずいので同行しておりました」


 なるほど、どうやらロリナージャというわんこは姫の世話役とかそんなポジの人らしい。

 いつものように城を抜け出して、と言ってるあたりかなりのお転婆姫のようだ。

 ロリナージャも一緒に出歩いている時点でもう諦めているのか、彼女も共犯かどっちかだろうな。


 姫は何度もつっかえながら、話が前後しつつゆっくり説明してくれた。


 その内容を纏めるとこんな感じだ。


 姫とナージャは買い物中に突然身体に違和感を感じた。

 自分達だけじゃなくて周囲に居た人々も同時に同じような現象が起きたらしい。

 意識が遠のき、その場で倒れてしまった。そして、気が付いた時にはもう馬車に詰め込まれて運ばれているところだったそうだ。

 そこで二人、そして一緒に連行されている人々は自分の身体が獣人になっている事に気付き暴れた。

 ナージャは姫の世話係をやってはいるが十二英傑の一人らしく、檻になっていた荷台をぶち壊し、捕まっていた人々を解放、操縦していた男をのして事情を吐かせようとした。

 だが男は帝都からの要請で、突然大量に現れた獣人たちを確保し奴隷市場へ連行していただけだったという。


 自分達が何故獣人になってしまったのか、どうやったら元に戻るのかも分からない状態で帝都に戻るのは危険すぎると判断し、やむを得ず人里から離れる決断をした。

 ナージャが獣人化した人々を導く形でしばらく旅を続ける事になったが、魔物に襲われたり、人間の獣人狩りにあったりで一人また一人と人数が減っていった。

 そして二人を合わせて五人ほどになった時、残りの三人は姫とナージャを売った。


 薬師が一人居て、そいつが持っていた眠剤を使って姫とナージャを眠らせ、奴隷商人に売ろうとしたらしい。

 どうやって奴隷商人と話を付けたのかはともかく、そんなうまい話がある筈がない。

 この国の商人は獣人に対して対等な商談などしない。

 結果的にナージャは薬を盛られても大丈夫だった。勿論意識は朦朧としていたらしいが、英傑ともなればそんな物に屈したりはしない……との事。

 間一髪の所で姫を連れて逃げたが、残りの奴等は自分が商談を持ちかけた相手に捕まってそのまま奴隷市場行きだそうだ。


 二人きりになってしまい、途方に暮れていた所で偶然ここの獣人と爺さんが食料調達か何かで外に居るのを見つけて一か八か相談をし、それがきっかけでここに来る事になった。


 獣人に偏見のない爺さんは今の彼女らにとって安心できる相手だった。

 だが、人間だという話はどうしても信じて貰えない。それでも住む場所を用意してくれるというので一時的にここに避難していた、というのが大まかな流れらしい。


「そんな事が……俺がギリムを離れ、帝都と連絡を取らなくなっていた為そのような状況に気付く事も出来ず申し訳無い」


「……いえ、ジオがどういう経緯でギリムから出たのかはしりませんけれど、そのままだったとしても貴方の所にわたくしの話が行く事は無かったと思いますわよ」


 姫はそこでぐいっとお茶を飲み干し、大きく息を吐いて、言い放つ。


「わたくし達をこんな目にあわせたのはきっと……あの男ですもの」


「あの男……と言うともしかして奴ですか? 確か……ヴァールハイトとかいう」

「そうですわ。彼が現れてからお父様の様子がおかしくなったんですもの。きっとあの得体のしれない男がわたくしを嵌めたんですのよ!」


 俺はなんとなくどっかでこういう話を聞いた事があるなと思いながら聞いていたんだが、ここまで来るとさすがにはっきりする。よくあるテンプレ展開というやつだ。


 王様に新しく取り入った大臣とか怪しい術師的な奴とかが実は悪人で裏でいろいろ工作して国を手中にしようとする、とかそんな感じの話はゲームとか漫画でありがちだよな?


 しかもヴァールハイトなんていかにも怪しいじゃないか。


 しかし姫が人間から獣人に? それを証明しつつ黒幕の野望を暴けって?

 完全にRPGだな……とりあえず真実を映すとかいうなんとかの鏡を持ってこいよ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る