第87話:監獄の館。
「アリア、ちょっと言いにくいんだけどさ」
「……なんです? 出来れば、その……早めになんとかしてもらいたいのだが」
あっ、そうか……アリアの奴トイレ我慢してるんだったな。
「こりゃ俺がこっち来るのはちょっと早かったか……」
「えっ、それは、その……我慢できなくなって私が漏らした所が見たかったと……?」
ズザっとアリアが三歩ほど俺から距離を取る。
「ち、違う違う。でもほら、俺がいなければ万が一の時その辺で出来たかもしれないだろ?」
「わ、わわ私は人様の家の中でそんなはしたない事はしないぞっ!! はうっ……ぐ、ぐぬぬ……お願いだ、早く、なんとか……してぇ……」
うーん。困った。先ほどの壁の所をこちら側から触れてみても、謎の力に押し返されて向こうへ戻れない。
きっと無理矢理通ろうとしてもダメだろう。
だとしたら……通ってきた壁じゃなくて、こちら側の通路の両側……そのどこかに穴をぶち明けて建物自体の外へ出てしまう、という方法しかないか。
そもそも両側の壁も謎の力で守られてる可能性もあるけれど……。
まずはやってみないと分からない。
「ママドラ。やるぞ」
『はいよっ♪』
やはり自分であれこれ探すよりママドラに最適化してもらうのが一番効率がいい。その分妙な記憶を選ばれる可能性もあるけれど。
俺は素手の時だけ火力が超強化されるというスキルを持った拳闘士の記憶を使い、力を溜めた一撃を壁に……ぶちこもうとした時だ。
「尊きお方、勝手に出歩かれては困ります。釘を刺しておいたはずなのですが」
目の前に突然かむろが現れた。
壁をすり抜けるように、今まさにぶん殴ろうと思ってた場所からにゅるりと顔が生えたのだ。
一歩間違えればその顔面に拳を叩きこんでいたかもしれない。
「……勝手に歩き回ったのは謝る。でも俺の連れがトイレにいきたいらしいんだ。いったいどこにあるんだ?」
「……そう言えばこちらにはトイレを設置しておりませんでしたね。大変申しわけありません。皆様がお泊りの部屋近くに分かりやすくトイレを一つ設置しておきますのでご容赦を」
「……そんな簡単に用意出来るものなのか?」
「ええ。ここはそういう場所ですので」
やっぱりおかしい。内部構造を自由に変える事が出来るってだけでも変だが、ここはそれだけじゃない何かがあるように思う。
「なぁ、やっぱり他の人達の姿が見えないんだがみんなどこに居るんだ?」
「ご安心下さい尊きお方。貴方達に他の方々が見えないように、あちらからもまた貴方達の事は見えておりません。それだけの事ですので」
「いや、まったく分からん」
「それ以上の説明は控えさせて頂きます。私にそれを語る権限はありませぬゆえ……」
権限、ときたか。ならばやはりここには館の主が居て、かむろはそいつの命令を聞いている、という事だろうか?
「これだけ聞かせてくれ。ここに村人は居るんだな?」
「はい。あの村の人々は誰一人としてかけることなくこちらで保護しております。皆幸せに過ごしておりますよ」
理屈は全く分からないが村人の安全が確認できただけでも収穫はあった。
別にあの村の人たちがどうなっていようと俺には関係ないし、ここで幸せに暮らしてるっていうなら勝手に倉庫の食材を貰っていくのもアリだ。アリ……なのだが。
「保護、って言ったな? あの村に何があった?」
「先程一つだけとおっしゃったではありませんか。……でもいいでしょう、その質問には答えられます。この地域特有の問題で、ある時期が来ると村の周囲から特殊なガスが噴き出すのです」
……ガス? それが有毒で、みんな慌ててこの館に逃げてきた、という事だろうか。
「そのガスは即効性がある程危険な物ではありません。毎年数人犠牲になる程度の物です」
いや、十分脅威だろうそれは。
「村人は毎年ここへ?」
「いえ、村人はガスの存在すら知りませんでした。村の人達はつい最近、やっとそれの存在に気付きここへ助けを求めに来たのです。今までずっと近寄る事すらしなかったのに愚かな奴等ですね」
……愚かな奴等、か。それがかむろの本心なのかもしれない。
「ここは訪れる者を受け入れる場所。助けを求められたので保護しているまでです。帰るというならすぐにでもお帰り頂く所ですが、あいにくとあの人達は皆幸せに暮らしておりますので二度とここから出る事はないでしょう」
二度と? 待遇はいいがまるで監獄だな……やっぱりこりゃ胡散臭い話になってきたぞ。
「俺達もここへ閉じ込めるつもりか?」
「閉じ込めるなんて滅相もありません。少なくとも私は尊きお方をここに留める力はありませんよ。気の赴くままに訪れ、また去る。それで構いません」
分からねぇな……。こいつの言ってる事もそうだが、村人に関してもそう。これが正しい形で、放っておいていいような事でもなさそうなんだよなぁ。
『私はあまり関わらない方がいいと思うけれどね』
奇遇だな。俺もそう思ってたところだよ。
でもさ、やっぱ気になるんだよな。
絶対的に何かが間違っているここの秘密ってやつがさ。
「あの、その……もう、無理……」
とりあえず慌ててかむろにその空間から出してもらった。もう少しでアリアの下半身が暴発してしまうところだったが、そこを出ると目の前にトイレが設置してありギリギリ間に合ったようだ。
「はぁ……なんとか助かった……お恥ずかしい所をお見せしてしまい……」
「……お連れの方の用足しも終わったようですし質疑応答に関してはここまでという事で。よろしいですか?」
「あぁ。今日はもう大人しく寝るさ」
「そうして頂けると助かります。それでは今度こそ……おやすみなさいませ」
何日か滞在する事も視野に入れて、ここの謎を解いてやる。
『面倒な事に首を突っ込みたがる人ねぇ。でも、だからこそ面白いわ♪』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます