第56話:平穏と不穏。
家の中のイリスに声をかけ、厩舎へ向かう。
ここでおっちゃんから貰った馬を一頭飼育している。
おっちゃんもシュマルに来てしばらくの間は行動を共にしていたのだが今は別行動をしている。
俺達はここでのんびり暮らす事に決め、おっちゃんはシュマル共和国を本拠地に商人としての活動を再開した。
あちこち忙しく飛び回っているようで、たまに顔を出しに来ててくれる。
馬の準備をしているとイリスが鼻歌を歌いながらやってきて、「あれ、にゃんにゃんは?」と不思議そうに聞いてきた。
「あいつはまだやる事があるんだってさ。二人で行ってこいって」
「そうなの? ざんねーん。でもでも、それなら何かお土産買ってこようよ♪」
「俺もそう思ってたところだよ」
馬に跨り、イリスを馬の背に乗せ商業都市レイバンへ向かう。
グロウベアから採取した素材は結構な物量で、イリスが大きなリュックを背負ってくれているのだが、いつもそれが可愛くないと嘆いている。
グロウベアというのは……まぁ簡単に言うならデカい熊だ。それこそモンスターパニック映画に出てくるレベルで普通の熊とはサイズが違う。
普通なら中級以上の冒険者がパーティで討伐するような相手なのだが、イリスにかかれば俺が寝てる間に仕留めて解体まで終わっている。
こんな言い方をするとまるで俺が怠け者のようだが、普段は俺が魔物討伐をして稼いでいて、イリスは家の近辺に危険な魔物が現れた時くらいしか好んで戦ったりしない。
無駄な殺生はしない主義なのだろう。
グロウベアから取れる素材は毛皮と肉、爪、牙、そして肝。肉はエグ味がすごくて人が食べられたもんじゃない。それに匂いがかなりキツい。固いし。基本的には家畜用の飼料として買い取ってくれるが二束三文である。
牙や爪は加工されて日常生活に役立てられ、肝は薬の材料として重宝されている。
レイバンに到着し、駐輪場ならぬ駐馬場に馬を預けた。
預けている間は管理人の爺さんがブラシをかけてくれるというサービス付き。うちの馬もよく懐いている。
早々に素材を売り、イリスの買い物に付き合ってやった。
雑貨屋でやたらとファンシーなリュックを購入してから服屋へ。
気に入った服があったようなので少々お高めだったが買ってやると大喜びで購入と同時に着替えてしまった。
首回りが空いた白とピンクのワンピース。袖や裾にフリルが付いていてとても可愛らしい。
どうせだからとその店でネコへのプレゼントを二人で選ぶことにした。店員の意見も参考にしながらたっぷり悩みつつ服を購入したので喜んでもらえるといいのだが。
その後食料品などを買いそろえ、レイバン名物のレイバンティーを片手にそろそろ帰ろうかと話していると、一人の男が話しかけてきた。
「アオイさん! こ、こんな所で奇遇っすね!」
「ああ……ロイドか。そう言えばお前今日休みだったな」
こいつはロイド・イベントリ。確か歳は二十代半ばくらいだったか。
精肉店のせがれで、何故かやたらと俺に絡んでくる。……というより、猛烈にアタックしてくるので迷惑この上ない。
「今日はイリスちゃんも一緒なんすね!」
「こんにちはロイド」
イリスは買ったばかりの服を見せびらかすようにワンピースの裾をちょいと摘まみ上げて一礼する。
そんな礼儀まで覚えてお父さんは嬉しい。そして可愛い。
「イリスちゃんは今日も可愛いっすね! その服に合ってるっすよ」
「えへへーぱぱに買ってもらったの♪」
「そう言えばイリスちゃんはアオイさんの事なんでパパって呼ぶんすか?」
「? ぱぱはぱぱだもん」
「あ、あはは……いろいろ事情があるんすかね」
「そうだ。お前には理解出来んし教えてもやらんがいろいろ事情があるんだよ」
なにせ俺は男だからな。
「こりゃ手厳しいっすね……俺はそんな所も好きですけど……あ、いや、今のはそういう意味ではなくて、いや、そういう意味なんすけど」
はぁ、俺の外見のせいで一人の男の人生が狂うのは忍びない。
「だからな、俺はお前に興味ねぇって言ってるだろうが。もっと身近で良い相手探せよ」
「何言ってんすか! アオイさんほど魅力的な女性なんてどこ探したら居るんです? 何度断られても俺は諦めませんよ! それに、アオイさんだって俺が休みって……少しは気にかけてくれてたんじゃ」
「お前んちにも顔出したんだよ。親父さんがお前は休みで居ないって言ってたからな」
「あ、そうっすか……なんで俺が休みの時に来るんすか……」
「知らん。俺が肉屋に用がある時に居ないのが悪い」
ほんとこいつに遭遇するといつもこうだ……。
「で、でも! こんな所で会えたのはまさに運命っすよ!」
「違うと思うぞ」
「いいや、誰が何と言おうと運命っす! 俺はアオイさんが心配なんすよ……一人で妹さんとイリスちゃんを養ってるんでしょう? 俺なら支えてあげられるっす!」
妹、というのはネコの事だ。あまりあいつは街に来たがらないが、こういう馬鹿に関係を邪推されないように妹という事にしている。
そしてこいつの頭の中で俺は未亡人という事になっているらしい。
まったくおめでたい奴だ。悪い奴じゃないんだがなぁ。
「俺はなんとか今のままでも幸せだよ。お前の人生に口出しするつもりはないが、俺なんか追いかけてないでほんといい相手見つけろって。じゃあ俺達はもう帰るから」
「ま、待って下さい出入り口まで見送るっす!」
「いいよ別に……」
「それくらいさせて下さい!」
はぁ……俺なんかのどこがいいのかねこいつは。
……まぁ外見だよなぁ。それは仕方ない。今の俺可愛いし。
女の身体で生きる事になってからネコやイリスがうるさいので俺もそれなりに女性らしい服装を纏うようになった。
最初は男の感覚が邪魔をして嫌だったんだけど慣れればこれも悪くない。女の方がいろんな店で値引きしてくれたりするし。
やっぱり恥ずかしいけれど。
そして、弊害もある。それがまさにロイドだった。
ロイドに見送られ街の出入り口まで来たところで、ふいに悲鳴があがる。
空には有翼タイプの魔物の群れ。
胸糞悪い事に、既に街はあちこちで血が広がっていた。
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