第26話:ヒトはヒト、ドラゴンはドラゴン。
「もう行ってしまうのかね?」
「あぁ、十分休息出来たよ。あんないいベッドで眠ったのは久しぶりだ」
ノインは一日で完璧な身分証を作ってくれた。
それどころかついでに俺の身分証の更新までしてくれた。昨日風呂からあがった後ノインが俺のフルネームを聞きにきたので何かと思えばそういう事だったらしい。
そして、俺とイリスの住所をノインの所有する空き家の住所にしてくれていた。
別に住所なんて記載が無くても俺は冒険者用の身分証もあるから関係無いし、冒険者なんて定住先が無い奴等ばかりだから気にする必要が無かったんだが……それでもイリスと同じ住所の身分証だというのならそれを使わせてもらう事にしよう。
これで冒険者用の身分証はミナト・ブルーフェイズ。
通常の身分証はミナト・アオイとなった。
計らずしてこの世界でミナト・アオイの身分証を手に入れる事が出来たのはありがたい。
ブルーフェイズは廃業だ。
元々顔色が悪く青顔なんてあだ名をつけられる俺だったが、とうとうブルーフェイズを卒業できる日が来た。
『君確かに顔色悪いもんねぇ。クマもひどいし』
生まれつきだからしょうがないだろ。
『でも青顔じゃなくなったとしてもアオイって……あまり変わらない気が』
うっせー。
俺はもうそういう運命の元に生まれたのかもしれん。
イリスの身分証にはイシュタリス・アオイと表記されている。本当に養子にしたみたいで不思議な気分だが、この身分証が存在する限り俺はイリスの父親であり母親という事になる。これからはより一層身を引き締めて行かなければ。
『とかいいつつ人殺しをしようとしてる癖にねー』
……あぁ。それだってちゃんと考えなきゃいけないとは思ってるよ。
正直言えば地の果てまで追いかけてぶっ殺してやりたい。それは今でも変わらないし、そのつもりでいる。
だが……イリスの事を考えると本当にそれでいいのかという感情が俺の頭をぐちゃぐちゃにしてくる。
……いっそ全てを忘れて平和に暮らす、という選択肢もあるだろう。
だけど、それでも……俺は。
『まぁ、どっちみちイリスは私と同じでドラゴンだからねー。人として生きていくのは難しいと思うわ。いつか限界が来て人里から離れて暮らすのなら君が人殺しになって山奥で隠れるように生きていくのもあまり変わらない気はするわね』
……そう、なのか?
気持ちが揺らぎそうになった所にこうやって希望というか、それでもいいか。と思わせるような発言をしてくるあたりママドラは俺を揺さぶって遊んでいるとしか思えない。
『人聞きが悪いわねぇ。確かに君で遊ぶのは楽しいし、万が一大罪人として世間から追われる身になったとしても返り討ちにできるだけの力はあるんじゃない?』
無駄に人と争いたくは無いんだって。しかも強い奴が来たら俺だって力を使わなきゃいけなくなって、その度に完全なママに近付いていくじゃねぇか。……ってお前まさかそれが目的なのか?
『さぁなんの事だか~♪ ただこれだけは忘れないでほしいのが、私もイリスも生きていくために人間なんて必要とは思わないわ』
……イリスの考えまでお前が決めつけるなよ。
『……ヒトはヒト、ドラゴンはドラゴンよ』
人間と亜人は上手くやってこれている。お前はドラゴンだが竜人族に近いって言ってたのはお前だろ? きっとうまくやれるさ。
『君ねぇ……復讐をした後の事を考えてあげてるっていうのに……いったいどうしたいのかしら?』
……わかんねぇよ。
「ふかふかのベッド気持ち良かったですぅ~♪ 思い出すだけで眠気が……ふみぃ」
「ふっかふかーっ♪」
「はは、うちで良ければまたいつでも来るといい。レイラも喜ぶよ。……それに、次回来る事があればその時にはレインの元気な姿も見せられるだろう」
レインってのがあの病魔に憑りつかれてた子の事だろうな。
「それに、だ。ミナト君とイリスちゃんの住所は私の所有物件だぞ? 私はいつでもそこにレイラを送り込む準備がある」
「……? それはどういう意味だ?」
「お、お父様っ! ななな何を言ってるんですかーっ!」
「ははは、痛い痛い。照れなくてもいいぞ? 私は反対などしないからな。念の為にすぐ近くに帰れる家を用意してやったのだ」
「お父様のばかーっ!」
……? レイラを送り込む?
まさか年頃の女性に家事手伝いなんかさせるつもりじゃないだろうな?
「あー、これごしゅじん意味分かってないですねー馬鹿ですねぇー」
『実に馬鹿だねぇ』
ぐぬぬ……なんだかこいつらに馬鹿にされると無性に腹が立つな……。
「と、とにかくですね、その……身分証の住所になっている場所はいつでも帰れるように綺麗にしておきますから、その……遠慮なく帰って来てくださいね?」
レイラがそう言うが、何故か目を合わせてくれない。
「あぁ、助かるよ。冒険者ってのはあちこちフラフラするのが仕事みたいなもんだからどこかに帰れる家があるって言うのは心の支えになるしな」
「本当ですかっ!? じゃあ、絶対帰って着て下さいね♪」
なんでそんなにその家に拘るのか分からないが、住処が確保されるっていうのは割と本気でありがたい。
俺が世界的指名手配でも受けなければの話だけれどな。
「ごしゅじーん、鈍感なのは罪ですよぉ?」
「ユイシスさん、しーっ!」
レイラがユイシスに向かって口の前に人差し指を立てて何かを訴えている。
二人だけの秘密的な何かでもあるんだろうか。
風呂に一緒に入ってからこの二人は妙に仲良くなった気がする。
「さて、じゃあそろそろ俺達は行くよ」
「あぁ、そうだ。君にこれを」
ノインは別れ際に何か封筒のような物を寄越した。
なんでも、王都までの間にある次の街デルドロに知り合いがいるらしく、オリオンという男を頼るようにと一筆書いてくれたらしい。
そこに滞在する事になるかどうかはまだ分からないがありがたく受け取っておくことにしよう。
「あ、あの! 私……待ってますからね?」
レイラは俺達の姿が見えなくなるまでずっと手を振って見送ってくれた。
「何もあそこまで恩義を感じなくてもいいのにな」
「はぁ……」
『はぁ……』
馬鹿ネコとママドラの溜息がシンクロした。
うるせーなぁ、俺だって何も気付かない訳じゃないんだよ。
ただ、俺なんかに好意を持ってるとか、もしそれが勘違いだったら馬鹿じゃん。恥ずかしすぎて死ねるわ。
今までの経験上どうせそんなんじゃねぇよ。
妙な期待しても精神抉られるだけだっての。
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