第5話:善意の代償。


 別室へ移動すると、そこにはテーブルと椅子が。椅子は硬くて座り心地はあまり良くない。


 促されて俺が他愛もない外の世界の話を聞かせている間、イルヴァリースは視線をきょろきょろと動かしながらソワソワしている様子だった。


「……なぁ、本当は何か他に話があるんじゃないか?」


 余計な事を、と後悔したが気になってしまった物は仕方がない。


「む、うむ……なかなか察しがいいわね。そう……君に一つお願いがあってね」


「……俺に出来る事だったら」


 無下に断る訳にも即答でオーケーするわけにもいかない。出来るだけ頑張ってみるよ、というスタンスでここを逃げ切る。それしかない。


「六竜が魔王軍と戦ったのは知ってる?」


 それは伝説として言い伝えられており、イシュタリアに住む人なら知らない人が居ないほど有名な話だ。


「……あぁ、魔王軍がデュスノミア大陸から攻め込んできた時に六竜が撃退したって伝説な。アレって……」

「本当よ」


 マジか……俺は今本当に伝説を目の前にしている。ここに居るのが俺でいいのだろうか?

 もっと、本来なら英雄と呼ばれる程の……それか将来有望な……。

 そこで、俺の頭の中にはアドルフの顔が浮かんでしまった。


 クソが。どうしてこんな時に奴の顔なんて。


「……どうしたの? 怖い顔して」

「い、いやなんでもない。続けてくれ」

「あの戦いはこちら側にも大きな被害を与えたの。六竜のうち二人はあの大戦で死んでしまったし、魔王軍もデュスノミアに押し返すのが精一杯だったわ」


 おい、嫌な予感がする。まさかこの竜俺に魔王を討伐しろなんて無茶な事言い出すんじゃないだろうな?


「私もね、その戦いで魔王に呪いをかけられてしまった。戦いの後子を生したんだけど……、生まれてきた子供は呪われていたの」

「……一つだけ言っておくけど、その呪いを解くために魔王を倒せとかそういうのは……」


 イルヴァリースは目を丸くして驚いたあと、くすくすと笑う。


「私が君にそんなお願いをするはずないでしょ?」


 お前なんかに、と言われたみたいで恥ずかしい。顔が熱くなるのを感じる。

 だけど実際その通りなんだろう。俺に言ったってしょうがない。……だとしたら本題はなんだ?


「君にはね、強力な解呪を使える英雄クラスの神官をここに連れて来てほしいのよ。単身でここまで辿り着けるような人間ならばツテくらいあるでしょ?」


「……残念だが俺にはそんな知合いは居ない。そもそも俺はたかだかレベル26だぞ?」


「……そう、そうなのね」


 これでもか、というくらいガックリと肩を落とし、しまいにはテーブルに顔を突っ伏してしまった。


「……なんか、ここに来たのが俺なんかでごめんな。財宝は返すよ」

「……いや、気にしないで」


 イルヴァリースは顔を上げ、悲しそうな表情のまま言った。


「無理を言ってごめんね。財宝は君にあげるよ。ただ、もしどこかで高名な神官に出会う事があったらここの事を伝えてほしい」

「おう……それくらいなら、勿論。俺なんかの言う事を信じてくれるかは分からないけどな」

「奥の部屋に外へ繋がる秘密の通路があるの。そこから帰れば魔物にも襲われないわ」


 彼女に外への通路前まで案内してもらいながら考える。


 ……本当に、これで良かったのか?


 今までの俺なら間違いなく何もできずに帰っただろう。

 いや、そもそも以前の俺ならここまで辿り着けていない。


 今の俺には、何かがある。自分でもよく分かってないけれど、何か……俺にも何か出来る事があるんじゃないか?


「なぁ、帰る前に……娘を見せてくれないか」


「…………分かったわ」


 少し空白の時間があったけれど、彼女は了承してくれた。


「こっちの部屋よ」


 案内された部屋へ入った途端、禍々しい空気が俺の周りを包み込む。


「娘は……成長が止まってしまったの……生まれて五歳で呪いが発動して、私もその時初めてこの身に呪いをかけられていた事を知ったわ。本当にあの魔王、やる事が陰険なんだから……」


 ……六竜が魔王軍と戦ったのなんて伝説で語られるくらい昔の話なんだからこのおねーさんはいったい何歳なんだ……?


「私の年齢は気にしなくてよろしい。それよりも、ドラゴンの五歳というのは知能、体力共にとても幼いの。その状態で成長が止まって、それどころか次第に動けなくなって寝た切りになってしまって……。このままではいずれ死んでしまうわ」


 ……俺がこの子を診たところで何が変わるのだろうか。それは分かってる。分かっていた筈なんだけど……。


「これは強力な呪いを何重にもかけられてるな……」

「分かるの!?」

「……分かる。解呪方法も……知ってる」

「本当!? お願い、娘を……イリスを助けて!」


 イルヴァリースが六竜、つまりドラゴンなのは分かってるんだけど、そんな豊満な胸を腕に押し付けられてしまうとドギマギが止まらん。


「ちょっと離れててくれ集中できない。……うん、俺の知ってる解呪魔法を十二種類正しい順序で使えばこの子は助けられる」


 なんでそんな事が分るのか、なんて事はもう考えないようにした。


「……」


 少女の額に手を当て、解呪魔法を……。


「あー、えっと……」

「どうしたの?」


「ごめん、解呪方は分かるし、その為の魔法も知ってるんだけど……俺じゃどうにも魔力が全然足りないんだわ」


 クソっ! 知識だけあったって何の役にも立たないじゃないか! 神様の野郎……次に会ったら絶対文句言ってやる。

 次に会うって事は俺の魂が徴収される時だけれど。


「つまり……魔力さえ十分ならば助けられるのね?」


「……できる」


 不思議とその自信がある。


「……だったら、私の魔力を使って。その身に私を宿すのよ」

「……よく分からないけれどそうすれば魔力は補えるのか?」

「ええ。間違いなく」


 だったら、少しくらい六竜に恩を売っておくのも悪くはない。この世の中に六竜に貸しがある人間なんてそう居ないだろうし。


「分かった。やってくれ」


 イルヴァリースがそっと俺の背中に手を触れ、何か呟いた。


 瞬間。


 俺の身体にとんでもない力が漲っていくのを感じた。


「す、すげぇ……! これなら余裕だぜ!」


『お願い。イリスを……!』


 その声は俺の頭の中に直接響き渡るような不思議な感覚だった。


「任せろ。すぐに良くなるからな!」


 …………ちょっと厄介な呪いだったが、膨大な魔力を借り受けた俺には容易い仕事だった。



『本当に……呪いを……? あ、ありがとう……なんてお礼を言っていいか……』

「ふぅ……呪いは解けてるはずだから、後は沢山食事とってゆっくり休めばすぐ元気になるさ。それにおねーさんが力を貸してくれたからだよ。俺だけの力じゃない」

『そっか……私もイリスを助ける役にたてたのね……』


 イルヴァリースの喜びっぷりに俺まで嬉しくなってしまう。


「だからもう大丈夫……って、あれ?」


 振り返ったらイルヴァリースが居ない。


『ここよここ、私は君に同化したのよ』


 頭の中から声がするのはそういう事だったのか。同化して相手に力を貸す事が出来るなんて凄いな……。


「もう大丈夫だから同化を解いていいぞ」


『えへへ……それ無理♪』


 ……今、なんて??

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