第17話



 我輩は人間から声をかけられてすぐにヒトガタを取り出した。


 人間の側からすれば忽然と現れたように見えたのだろう。

 視界に映る範囲においては、ただひとりを除いたすべての人間が驚いた様子を見せて、その中の一部においては武器に手をかけるものもいた。


 我輩はそれらを無視してやって、言葉を作った。


『我輩はそのような仰々しい挨拶をされて喜ぶような性質は持ち合わせておらぬ。

 それに、我輩は口調によって他者を判断する文化も持ち合わせていない。

 ゆえに、率直に聞こう。

 おまえたちはいったい何の用があって、こんな辺鄙なところにまでやってきたのだ?』


 我輩の、人間の立場からしてみればおそらく不躾な言葉遣いに、我輩に声をかけてきたものは一瞬だけ顔をしかめたが、すぐに表情を取り繕って口を開いた。


「助力を願いに来ました」


『何のために』


「世界の脅威に立ち向かうためです」


『……世界の脅威?』


 これはまた急に大きな主語が出てきたものだと、そう思って黙っていたら、人間が更に言葉を重ねてきた。


「つい先日のことです」


 ……聞かれてもいないのに話を始めるのは、どこにいるものも変わらんものであるなぁ。


 事情がわからぬ我輩の立場からしてみれば、話を聞く分には構わぬのだが。


「世界のどこに居ても見えるほどの、大きな光柱が発生しました」


 ……身に覚えがある出来事であるな。


 そう思って、過去を振り返る。


 我輩、あの時は格下と看做されていた事実があまりにも気に入らなかったものだから、少しばかりはしゃぎすぎてしまっていたなぁと。


 ……流石に、再生不可能な状態へ至る破壊にならぬよう気をつけたつもりだが。


 気にしていたのはそこだけだったというのも確かなことであり、どうやら外から見るとかなり派手なことになっていたようである。


 ……しかしそれを見たのであれば、なぜこの連中は我輩のところに来たのだ?


 その光柱というものが、我輩が行った攻撃によるものだとするならば。

 尋常な思考回路を持つ生き物であれば、わざわざ近寄ったりしないものだろうに。


 ……我輩が知らぬ間に、別の何かがそれを為したとでも言うのだろうか。


『…………』


 我輩の感覚器が不調であった時期はない。

 ゆえに、我輩の心当たりがある時機以外で世界のどこにいても見えるような光柱が発生したのなら、わからないはずがない。


 ……ううむ、わからん。


 どういうことだ。


 ――そのようにして浮かんだ疑問は、人間の発した次の言葉によって解決した。


「その光柱によってもたらされた被害は尋常なものではありませんでした。

 我々はその結果をもって、新たに世界の脅威となる存在が現れたものと結論を出しました。

 よって、その脅威に対抗するための力を集めんがために、こうしてこの場に馳せ参じた次第でございます」


 どうやら人間たちは、その光柱による破壊と我輩を紐付けすることが出来なかったらしい。


『――――』


 生まれた直後に発した産声を、世界に対する恨みつらみと思い込み。


 温かい日射しを浴びる喜びに浸りながら空を飛んでいた事実を、獲物を求めて彷徨う姿と見誤り。


 勝手に生贄を差し出して満足した後で、まったく関連のないふたつの事柄を繋ぎ合わせて一本の物語を作り出してしまった思考回路は、今回の件ではまったく違った結論を導き出したようであった。


 ……人間とは真に勘違いの天才であるなぁ。


 そんな言葉が脳裏を過ぎって現実逃避したくなってくる衝動に駆られたのは、我輩が至極正常な思考回路を有しているからだと思いたかった。


 


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