ごきげん紳士とそれからたくさんの兵士たち

《同時刻――宿屋の外》


「さてさて。クラリスのお眼鏡にかなうサンドウィッチのおかずはどこにあるかな」


 宿屋を飛びだしたヴィクターは、建物を出て目の前の人通りもまばらな細い通りでぐるりと辺りを見回していた。

 路地を進んで大通りへとでれば余るほどに露店は存在している。この小さな通りにはどちらかといえば小物を売っている店や、普通の民家の方が多いだろうか。


「唐揚げにスープに考えられるものはいくらでもあるが、そういえば買ったのはフルーツサンドやジャムサンドだったね。主食となるものの方がいいだろうか」


 そう言って彼は狭い路地の間を移動して大通りへとでる。

 その背後からは突き刺すような視線はなく、監視者カラスの姿は一羽たりとも

 しいてなにかおかしな点があるとすれば、黒い羽根がそこら中に散らばっていることくらいだろうか。


 一方の大通りはパレードのあった前後の時間と変わらず人でごった返していた。

 むしろ国内外への出入りがきかなくなった分、行き場のなくなった人々が街中まででてきた印象さえうける。


 ――それにしても旅の商人の多い街だ。中継地点だからかそろぞれの品ぞろえは不ぞろいだが……最南端の火山地帯の火竜のタマゴから、北のみさきにしか生息していない極寒カモメの干し肉まである。


 クラリスまでとはいかずとも、通りの端から端までを埋め尽くすような露店たちの豊富な品揃えは、少なからずヴィクターの目をくぎづけにしていた。

 彼は試食をくり返しながら少しずつ吟味を重ね、なにを土産みやげにするのか候補を次々と決めていく。

 その足がピタリと止まったのは、ジェイクの宿に繋がる路地と同じぐらいに細い横道を発見した頃であった。


「Hmm……だいたいの目星はついたし、食材は帰り道にまとめて買っていくとしよう。――そろそろこちらの用事も片づけなけば」


 ヴィクターはその横道に進路を変えると、人気ひとけのない入り組んだ道を進みはじめた。止まることなく家々の間を右に、左に、右に、左に。

 それから数分もしないうちにたどり着いた行き止まりは、静寂せいじゃくにつつまれていた。


「さぁて。ここなら目立たなくていいね」


 彼の呟きに反応するかのように、屋根の上にとまった一羽のカラスがガァとしゃがれた声で鳴く。


「――止まれ」


 次に、気配なく背後から聞こえてきた男の声は聞き覚えのないものだった。


「貴様が《禍犬まがいぬ》ヴィクター……か」


 狭い空間に響くこすれた金属音は甲冑かっちゅうのものだろう。

 振り返った先にいたのは退路をふさぐようにした十数人の兵士であった。銀色に磨かれた王宮直属の兵士であることを示す甲冑は、先ほどのパレードで飽きるほど目にしている。


 ――やっぱり。大通りを見ている時から、カラスたちの目がやけにワタシに向いていると思ってはいたが……予想の通り、狙いはクラリスではなくワタシの方だったか。


「あー……おそらくキミたちの言うヴィクターはワタシで間違いないと思うのだが。そのナルシシズム全開な呼び名はよしてくれ。昔若気わかげの至りで名乗ったはいいが、今更改めてそう呼ばれるとどうにも恥ずかしくてね」


「貴様の話はどうでもいい。痛い目にあいたくなければ、大人しく我々についてきてもらおうか」


 一歩前へと出てきたのは、この小隊をまとめているのであろう体格のよい大男であった。

 身長は平均よりも高いヴィクターの、さらに頭一つ分は飛びでているだろうか。


「Hmm。怖いねぇ。どうにも急な話だが、その指示はあの豚王ぶたおうから? それともあの愚鈍ぐどんそうな魔法使い?」


「我が王と魔導師様をそのように蔑称べっしょうするとは! 侮辱罪ぶじょくざいにあたいするぞ!」


 ヴィクターの言葉に激昂げっこうした後ろの兵士の中の一人が腰の剣を抜く。

 それを筆頭に他の兵士たちも次々と剣を抜き、周囲一帯の空気がピンと張りつめる。

 その中で表情ひとつ変えずにいたのはヴィクターと目の前の小隊長だけであった。


「これしきの悪態で侮辱罪とは。この国の住民はさぞかし息が詰まる思いをしているだろうね。それもを魔導師サマと喜んでたんずるだなんて、悪趣味な……これだから嫌なんだ。ずる賢いカラスは」


「もういい。これ以上我らの主の侮辱を許すな。コイツを捕らえろ! はなから従わなければ、多少手荒になっても――最悪殺してしまってもかまわないとの魔導師様からのお告げだ。進めぇ!」


「オオオォォ!」


 小隊長の号令で後ろの兵士たちが一斉に動きはじめる。

 どうにも今日は大人数からの敵意や殺意を向けられやすい日らしい。


「Haha! こんなか弱い魔法使い一人のために数で攻めようというのかい。いいね。盗賊のよう野蛮な品のない暴力は嫌いだが、キミたちのように正義ヅラした理不尽に襲いかかる暴力は大好きだ」


 ヴィクターの手にステッキが握られる。わずかな風に揺れるつかに巻かれた青いリボン。

 先端の紫色の宝石に魔力が宿り、耳障りな軋んだ音を立てて周りの歯車が回転をはじめる。時おり歯車同士の間から飛び散った火花は、地上に落ちる前に彼の目の前で消えていった。

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