カラスのポータル

 泊めることはできない。それどころか国から出ていけと、目の前の男はそう言ったのだ。


「えっと、それはどういうことですか? 私たち、なにかお気に召さないことでもしたのでしょうか……?」


 ――お金なら払ったわよね。それともまさか、ヴィクターのことがバレた? 面倒事に巻きこまれないように避けるため?


 罪人ならば手配書が出回っていたとしても不思議ではない。突然のことにクラリスが慌てて男に問いかける。

 一方で彼女の隣のヴィクターは表情一つ変えることはなく、すでに後ろ手にステッキを取りだしていた。先端の歯車が噛み合うかすかな音がクラリスの耳まで届く。

 彼は万が一自分の身元がバレた時のための準備をしているのだ。ヴィクターの魔法であれば、目の前の親子どころかこの建物ごと容易に消し去ることくらいはできるだろう。


 ――それだけは、絶対に駄目!


 ことの次第では自分が身をていして彼を止めるしかない。そうクラリスは胸の内に決心するが、男からでた言葉は意外なものであった。


「いや、言い方が悪くてすまなかったな。俺はアンタらのことを思って言ってるんだ。この国にこれ以上滞在すると、もしかするとアンタらに不幸がふりかかるかもしれないからよ」


「不幸……ですか?」


「ああ。詳しく説明する時間も惜しい。恐らく、もうすぐ奴が街まで降りてくるから今すぐに――」


 その時であった。

 前触れもなく宿の外に取りつけられたサイレンがけたたましく鳴り響き、クラリスとヴィクターはギョッとして窓の外に目を向ける。

 そのサイレンの音はこの宿どころか街全体で鳴り響いているようで、近くの家の人々が皆そろって家から出ては大通りへと集まっていくのがこの場所からでも見える。


「くそ、遅かったか……」


 男は悔しげに呟くと、メアリーの手を引いて宿の出入口へと向かう。

 なにが起きているのか分からない街の住民たちの突然の行動に、クラリスはただ首をかしげることしかできなかった。


「あの、メアリーちゃんのお父様。これはどういう……」


「ジェイク」


「え?」


「ジェイク・アーキンだ。気になるならとりあえずアンタらも俺たちについてこい。……その後なにがあったとしても、全部自己責任でいてもらうがな」



□■□■



 大通りはすでにたくさんの国民と旅人たちでごった返していた。

 ここに集まった人間たちはなにかを見るために集まっているのか、人だかりは道の端と端にほぼ均等に密集しており間が大きくあけられている。

 しかしそれにしては浮かれているような者はほとんどおらず、どちらかといえば曇った表情をしながら街の奥側――城のある方向を見ている者がほとんどであった。


「ジェイクさん、この人だかりはいったい……」


「そりゃあ嬢ちゃんたちは分からねぇよな。俺たちは集められたのさ。あのサイレンの音でな。このマモナ国の国民は、サイレンの音が鳴ったら仕事の手を止めてこの大通りに集まらなきゃならねぇ決まりなんだよ」


 マモナ国。きっとそれがこの国の名前なのだろう。

 ジェイクが言ったように、この大通りに集まった国民たちは皆制服を着ていたり、手にはなにかしらの器具を持っていたりと慌てて飛びだしてきた者が多いように感じられる。

 中には無理やり連れられた者もいるのか、そこかしこでもめている姿も見られた。

 特に集まっている人間には男性が多いようで、女性の多くは小さな子どもやお年寄りばかりでクラリスのような若い女性の姿はちらほらとしか見えてはいない。


「Hmm……店主。かなりの人の数だが、これで国民は全員なのかな。家の中に残っている者なんかも多いのでは?」


「いや、よほど身動きできない病気や怪我じゃない限りはここに集まるはずだ。……ほら、この街の屋根の上。どこの屋根にもカラスがいるだろう。奴らは家の中に人が残ってると、とたんにやかましく鳴きはじめるんだよ」


「カラスが鳴く? それ自体は特別な脅威ではないと思うがね」


 カラスがやかましく鳴くこと自体は珍しいことではない。

 この国――マモナ国の国中の屋根の上にやけにカラスがとまっていたことにはヴィクターも薄々気がついていた。

 だが、そのカラスたちが一貫して空から人間たちを監視していた――すなわち、なんらかの目的をもって存在していたということであれば、それは気分のいいものではない。


 ――あまり賢いカラスにいい思い出はないのだがね。


 ヴィクターが心中しんちゅう忌々いまいましげに呟く。


「ああ。確かにアレ自体は襲ってくるわけでもないし、もし襲われたとしても俺たちでも簡単に追い払えるだろうよ。だが、怖いのはそこじゃねぇ」


「というと?」


 ジェイクがすっと目を細める。


「アレがやかましく鳴くことで、どこからともなく急に城の兵士たちが駆けつけてくるんだよ。国中どこへでも、だ」


「兵士が? ……ああ、なるほど。あのカラスがポータルの役目を果たしているというわけか」


「ポータル……? ヴィクター、それってどういうことなの?」


 ジェイクの話を聞いたヴィクターは一人納得をしたようではあるが、一方のクラリスはといえば知らない単語に首をかしげるばかり。

 彼女が疑問に思うことも、ヴィクターには予想済みであった。


「その質問に答えるためには、時にクラリス。例えばここで我々の命がおびやかされるような緊急事態が起きたとしよう。それを止めるために今からここに兵士がやってくるとする。だが……その兵士たちはいったいどこから来ると思う?」


「えっ? 急に問題? うーん、それならお城……かしら。この国には大きなお城があるから、あそこからやってくると思うわ」


「そうだね。多分正解だ。だが……ここまで来るとなると、それなりに時間がかかるとは思わないかい? 一刻も早く現場に到着しないといけないのに、ちんたら走っていたら間に合わないかもしれない。その間に何人死ぬだろうね」


 そう言ったヴィクターは、右手の人差し指を近くの屋根の上にとまるカラスへと向ける。


「しかしそこで役に立つのが、あのカラスだ。結論から言えば、あのカラスは本物じゃあない。魔法で造られた偽物イミテーションだ。アレが鳴いて位置を共有することによって、魔法を仕掛けた張本人が近くに空間の歪みを発生させる」


「そしてその空間の歪みから兵士たちがやってくるっていうこと……?」


「Haha、その通り! クラリスは可愛らしいだけではなくて頭もお利口さんなようだ。つまりはあのカラスが鳴くことによって、城と現場とを繋ぐ空間の歪みが発生する。その歪みをポータル出入口として、城の兵士たちが現れる。それがどこからともなく現れる兵士たちの謎の答えってわけさ。……Ah、子どもには少し難しい話だったかな。キミ、よかったらこれを」


「えっ? わぁ、綺麗なお花。ありがとう……ございます、お兄さん!」


 ご機嫌なヴィクターは魔法で手元に小さな白い花を造ると、それをメアリーに差しだす。

 難しい話は退屈だったのだろう。彼女は嬉しそうに花を受けとると、花びらの数を数えたり匂いを嗅いだりと一人遊びをはじめだした。


「しかし店主。謎は解けたが、ワタシとしては兵士たちがどうしてやって来るのかよりも、やってきてどうするのかの方に興味あるのだが」


 ヴィクターが視線を向ければ、ジェイクは眉根を寄せてカラスを見上げる。


「そのポータル? っつーのはよく分からねぇが、兵士たちがやることは単純だ。家に残っている人間を無理やり連れだすか、それでも抵抗するなら家内を荒らして脅すか家ごとぶっ壊して連れていく。それだけだよ」


「なにそれ……集まらなかっただけで家を壊すだなんて。そんなに大事な集まりなのかしら、これ? いったいなんのためなんですか?」


「ああ、それはだな――」


 と、その時。

 突然大通りの中を、金管楽器のパンと弾ける力強い音色が響き渡った。

 その音を聞いた国民たちは一斉に音のした先に注目し、その視線の先――城までつづく長い階段の先からたくさんの人の列がこちらへ向かってくることに注目する。


「ちょうどいいところに。今から始まるみたいだな」


「始まるって……なにがだい?」


 行列は階段を降りて大通りへとさしかかる。

 ジェイクはヴィクターの問いに対して、憎らしげに口を開いた。


「この国の王様……ポール・マモナの行進だよ」

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