第26話 瑞樹SIDE 私の想い

 私をかばって同級生の男の子が重体で死にそうになっている。その事実を知ったのは私が事故にあった一月後だった。

 今、思えば1年前の2月の雪の日、あれが運命の分水嶺だった。


 前日の夜、父が母ではない女性の写真を憂いのある表情で眺めているのを見てしまった。そしてその写真を大切そうに金庫の中にしまうのを見てしまった。父の裏切りを知って、イライラしていつもは車で登校するが、歩きで登校した。

 そして、私の前を歩く男の子が滑って転んだ。漫画の様な見事な滑り方に、イライラが吹っ飛んでしまった。

 あれは同じクラスの南雲君ね。話した事は無かったけど、物静かで大人しい子というイメージしかなかった。見過ごすことも出来たが、見事な滑り方を賞して助けることにした。

「南雲君、大丈夫?」

 そう言って、手を出した瞬間、トラックがガードレールをぶち破り、こちらに突っ込んでくるのが見えた。

「ああ、死んだわ、これ」

 次に私が目を覚ましたのは3日後だった。事故の前後の記憶は無くなっており、何があったのかを私は覚えていなかった。私の胸にできた3センチほどの縫い傷が事故にあった事を物語っていた。登校中にトラックが突っ込んできて、奇跡的に助かったとだけ使用人達から伝えられた。そこに南雲くんの名前は出てこなかった。

 そして一月ぶりに学校に登校し、教室で南雲くんの机を見た時に全てを思い出したのだ。あの時、南雲くんが私を庇ってくれたから私は無事だったんだわ。では南雲くんはどうなったの? 何で使用人達は私に何も言わなかったの? 

 最悪の事態を想像してしまい、ぞっとした私はクラスメイトに南雲くんの事を聞いてみたが、誰一人として事故にあったということしかしらず、現状を知っている人がいなかった。唯一担任の平賀先生だけが彼の現状を知っていた。

「意識不明の重体……」

 その事実を先生から聞いた私は愕然とした。私を助けてくれた南雲くんが死にかけている。居ても立っても居られなくなり、学校を早退し、彼のお見舞いに行った。

 当然の様に関係者では無い私は彼に会うことはできなかった。集中治療室にいる間はご家族意外は会うことが出来ない。勿論分かってはいたのだが、どうしても会いたかったのだ。会って助けてくれたお礼をしたかった。

 意気消沈して屋敷に戻った私に使用人達をどうして南雲くんの事を教えてくれなかったのかと問い詰めた。すると……。

「お嬢様があの様な者を気にする必要はない」

とか、

「守って当然だ」

とか囁いてきた。

 この人達は正気なのか。私と彼と何が違うというのか。ただ私は両親が事業に成功して地位とお金を持っているだけで別に私が凄いわけではない。それなのにどうして私の方が守られて当然なのだ。

 私はそれまで私の側にいた使用人たちが急に信じられなくなった。にこやかに笑いながら接してくる彼らの目が気持ち悪くて仕方がなかった。彼らの言うことが信用できなくなっていた。

 あの優しい父さんでさえも母と私を裏切っていた。駄目だ。今屋敷にいる人は父さんが選んだ人達だ。この家の人達は誰も信用できない。

 私はまず、自分の身の回りに置く人物を一掃した。信用できない人達を側には置きたくない。そこで、私が中学の時に起業して作った会社の管理を任せているチャンを呼び戻した。彼は私が生まれた頃から私の側仕えをしてくれているので彼ほど信用できる人物はいない。そして彼に命じて会社から数名信用できる者を側仕えとして連れて来てもらった。これで身の回りの事は何とかなった。

 そして次は南雲くんの事を調べてもらった。

 その結果、彼の母親は既に亡くなっており、結婚歴も無いことから父親も不明。17年前に交際相手がいたかどうかも調べてもらったが、存在しなかったとの結果だったため、結局父親が誰かは分からなかった。彼の母親は彼の祖父母、つまり自身のご両親にも彼の父親のことを話さなかった事が記載されていた。ただ、一度だけ彼の父の事を話したことがあったらしい。そのとき、立派な方だということだけを漏らしていたそうだ。

 調査書を読んだだけでかなり詳しく調べたことが分かった。それでも父親の事が分からなかった以上、これ以上調べても無駄だろうと判断した。

 そして、祖父母も昨年他界されている。つまり彼は天涯孤独だということが分かった。私と同い年で既に一人暮らしをしており、成績も優秀。それに比べて私は身の回りの事は使用人がしてくれて、勉強もそこそこ。どっちがこの世界にいらない人間なのかしら。


 それから一月後、私は2年に進級したが、そこに南雲くんの席は無かった。そして、チャンから彼が集中治療室から一般病棟に移動したことが告げられた。

 放課後、彼の見舞いに向かう。

 受付で彼との関係を聞かれたので、彼女だと嘘をついた。只の友人では会わせてくれないかもしれないからだ。チャンに調べさせた彼の個人情報がとても役にたった。

 病室で見た彼は全身ギブスで覆われており、とても痛々しい姿だった。看護師さんの話では全身至る所を骨折しており、頭に怪我が無いのが奇跡だったそうだ。そして彼の右手は一生元の状態には戻らないという事を告げられた。

 私を庇ったことで南雲くんは彼の人生を左右する怪我を負ってしまった。とてつもない罪悪感が私を襲った。

 それからは毎日放課後に彼に会いに行った。夕方に行くことになるので、面会時間は1時間も無いが、会わずにはいられなかった。

 毎日面会に行っているとふとあることに気がついた。南雲くんから女性ものの香水の匂いがする。看護師さんはその仕事上、香水なんてしない。そして彼に親族はいないので、見舞いに来る人はいないと思っていた。

 私は七瀬さんの存在を知った。彼女は彼をあんな体にした男の娘だった。私は学校の都合上どうしても夕方にしか来れないのだが、彼女は午前中に毎日来ている様だった。

 私の事故の被害者として文句の一つでも言ってやろうと彼女が面会に来る時間を調べた。そして私は初めて学校をさぼって午前中に彼の見舞いに行った。

「可愛い子」

 文句を言ってやろうと思ってきたのだが、一生懸命彼の体をマッサージしている姿をみて止めた。額から流れる汗を見れば、その過酷さがよく分かった。彼女は彼女なりに南雲くんの為に出来ることをしている。私は見舞いに来るだけで、彼に何もしてあげていなかった。やっぱり私は何も出来ない只の小娘なのよ。


「もうすぐ半年よ。はやく起きて。南雲くん」

 ギブスの取れた彼の手を握り告げる。私よりも細い彼の腕。これ以上寝ていると、生涯寝たきりになってしまう。お願いだから目覚めて。私は貴方に助けてくれた恩を返さないといけないのよ。

「神様がいるのならお願いします。彼を助けてください」


 その数日後、神への祈りが通じたのか、彼が目覚めたとの連絡がチャンからあった。


 南雲くん、やっと起きてくれたのね。私には貴方にしてあげられる事がありません。だがら私の全てを貴方に捧げます。私の生涯を貴方に。

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