性奴隷を買って下心で訳あり追放聖女を助けたら禁欲生活が始まった ~蔑まされ続けた英雄の息子が淫靡なスローライフを目指す理不尽なほのぼの生活~

雨露霜雪

第1話 英雄の息子、エルフの奴隷を欲する

「今回の緊急招集は、過去最高に美味かったな」

「あの内容で一人頭金貨2枚は神」

「いつもこれだったら、俺は緊急招集に喜んで参加するぜ」


 冒険者の誰もが嫌がる強制参加の緊急招集は、いつもであれば終了時に不満の声であふれるが、今回に限っては皆がホクホク顔だ。

 この後は、いつものようにギルドから酒場に流れて祝勝会になるのだろう。


 俺には関係ないけどな。


「おいアレックス、お前も参加しろよ」

「俺はいい」

「”英雄の息子”は協調性がねーな」

「…………」

「緊急招集は強制参加だったんだ、その祝勝会も強制参加に決まってんだろーが」

「……わかった、参加する」

「当然だ」


 ソロ冒険者の俺は、今回の緊急招集で何度か組んだパーティに臨時で組み込まれていた。

 当然ながら正式なメンバーではないため、祝勝会とやらに参加する義務はない。

 とはいえ、無理に断る方が面倒なのを知っているため、仕方なく参加することにした。


 ◇


 少し遅れて酒場に着くと、既にどんちゃん騒ぎが始まっている。

 喧騒の中、俺は店の隅に腰を落ち着けた。

 それからしばらく、誰と話すでもなく独りでちびちび飲んでいると――


「相変わらず辛気くせーなー」


 世話になった臨時パーティのリーダーであるデニスが、エールの入ったタンブラーを何個も持って近づいてきた。


「ほっとけ」

「ケッ、英雄と呼ばれたお前の両親は、酒場でも皆を盛り上げるヒーローだったって言うじゃねーか。なのに”英雄の息子”であるお前は真逆だな」

「親父もおふくろも関係ない」


 確かに俺の親父は”剣鬼”と呼ばれた剣の達人であり、2m近い身長に見合った屈強な体躯で単純な膂力もあり、あまりの規格外さに個人ランクSが作られるきっかけになった人物だ。

 そして史上初のSランク冒険者になり、英雄と崇められた人物である。


 おふくろはおふくろで”魔導姫”と呼ばれ、古代魔術が使える唯一の大魔導師で、史上最年少でSランク冒険者になり、親父と一緒に英雄として崇められていた。


 そんな二人が結婚し生まれた俺は、幼い頃から”英雄の息子”と期待されて育ったのだが、15歳で冒険者デビューして10年経った今でもCランク。

 傍から見れば落ちこぼれだ。


 そのため、かつては期待を込めた呼び名だった”英雄の息子”というのは、今では完全な蔑称べっしょうとなっている。


『英雄の息子だから、そのうち大活躍するさ』

『英雄の息子だから、伸び代があるはず』

『英雄の息子は、大器晩成なんだろう』

『英雄の息子なのに、そんなもんなのか?』

『英雄の息子なのに、寄生でランクを上げるとか恥ずかしくないのか?』

『息子がこのざまじゃ、英雄と呼ばれた両親が泣くぞ』

『英雄の息子なのに、誰もパーティを組んでくれないんだってな』


 誰も俺を、アレクサンダーという個人で見てくれなかった。

 常に英雄の息子として見られ、英雄だった両親と比べられたのだ。


 せめて見た目だけでも両親と違えば、どこかでひっそりやれたもしれない。

 しかし俺の見た目がいけなかった。

 髪色こそ灰色グレーアッシュで、白に限りなく近い白金プラチナブロンドの親父と、艶のある黒髪のおふくろとの中間的色味で、それほど目立っていないので問題ない。


 だが瞳の色がダメだった。


 なんと言っても、右が親父と同じ蒼で、左がおふくろと同じ紅の瞳だったのだ。

 せめて髪と同じように中間的な紫の瞳なら良かったのだが、どちらの色も引き継いだオッドアイだったのは致命的だったと言えよう。

 そもそもオッドアイというだけで目立ってしまうのに、色が両親を彷彿させるのだから性質たちが悪い。


 蒼と紅のオッドアイは、”英雄の息子”である証となっていたのだから。


 それでも俺は努力をしていた。

 史上二人しかいないSランクの両親と比べれば、確かにCランクは低いだろう。

 それでもDランクで頭打ちの冒険者が多い現状、Cランクだって一般的には十分なランクだ。

 仮に寄生と呼ばれる行為でポイントを貯めたとしても、Cランクになるには試験がある。

 俺は自力で試験をクリアしてCランクになったのだ、バカにされる謂れはない。

 それなのに、俺は誰からも評価されることはなかった。


「おぉ~、いい飲みっぷりじゃねーか。酒を飲むだけなら、お前も英雄・・級だな」

「うるへぇ……」


 俺をわかってくれる人はいない。

 だが俺を救ってくれる相棒はいる。

 嫌な現実を忘れさせてくれる”酒”という相棒が。


「そういやーアレックス、エルフの奴隷を買う金は貯まったか?」

「んぁ?」

「女に目もくれず、安酒をちびちび飲みながら貯めてるんだろ?」

「なんら、わりーか!」


 そう、俺はエルフの奴隷がほしかった。


 俺が”英雄の息子”としてまだ期待されていた頃、奢りで高級娼館に連れて行ってもらったことがある。

 何もかもが初めてだった俺に、天国を教えてくれたのがエルフの娼婦だった。

 しかし、自分の稼ぎでは通うことができない。

 それ以上に、”英雄の息子”として期待に応えることの方が大事だったのだ。


 それでも女を知ってしまった俺は、安い娼館で女を抱いた。

 だが違ったのだ。

 具体的に何が違ったのかわからない。

 わかったのは、エルフが俺に教えてくれた天国ではなかった、ということだ。


 軽い絶望を覚えた俺は煩悩を追い払うよう、そして”英雄の息子”として期待に応えるべく、遮二無二強くなることだけを考えた。

 しかしそれも数年で終わってしまう。


 俺が両親のように強くなることはない。


 遅ればせながら、ようやく気づいてしまったからだ。

 それからの俺は酒で現実逃避をする一方で、エルフに対する情熱が蘇る。


 一生懸命貯めた訳ではないが、それとなく貯まっていた金貨を持って、俺は高級娼館に向かった。

 だがその途中で、奴隷市場から美しいエルフを連れて出てくる男を目にする。

 俺は興味本位で奴隷市場に入ったが、とても買える金額ではなかった。

 それなら当初の予定どおり、高級娼館で一夜の夢を見させてもらおう、そう思った俺の脳裏に、変な考えが浮かんだ。


 一般的にエルフを奴隷にすることは、成功者の証であり一種のステータスだと聞いたことがある。

 ならば、高級なエルフの奴隷を従えていれば、俺を見る世間の目が変わるんじゃないか、そう思った。

 そしてもう一点。

 数年ぶりにエルフを抱こうと思って行動していた俺は、どうしてもあの天国を味わいたくて仕方なかったのだ。


 娼婦ではなく、俺の所有物としてのエルフによって。


 それからの俺は、バカにされようがなんだろうが、エルフの奴隷を買うことを目標に、みっともなく冒険者を続けた。

 金になりそうなら年下や俺よりランクの低い奴にも頭を下げ、パーティに臨時で入れてもらう。

 荷物持ちや雑用もした。

 最低限の装備の手入れだけを行い、新しい武器は買わない。

 逃げ出したい場面に直面すると、ケチなつまみと安酒で現実逃避した。


 そうして貯めた金は、一番安いエルフなら買えるくらいは既に貯まっている。

 上を見なければ、今でもエルフが買えるのだ。

 しかし、いざ買えそうなところまでくると、思わず二の足を踏んでしまう。


 何故なら今の俺は、エルフの奴隷を買うことだけが生き甲斐だったからだ。

 エルフの奴隷を買ってしまうこと、それは即ち、生き甲斐を失うことを意味する。

 本末転倒な発想になっているが、全てを否定されて生きてきた俺からすると、生き甲斐を失うのは大問題であった。


「実はな、ちょっと前にエルフの奴隷を予約したんだわ」

「なんら、じまんか?」


 デニスは俺より高位のBランク冒険者で、王都でも上位に数えられるパーティのリーダーをしている。

 エルフの奴隷を買えるくらいの稼ぎがあってもおかしくない。


「そーじゃねー。ちょっとばかりアレックスに相談があるんだわ」


 俺に相談など持ちかけたことのないデニスが、初めてそんなことを言ってきた。

 それ以前に、相談をしあうほど親しくないというのに。


「いやー、結構前から家を買おうと思って探してたんだがな、ようやく要望どおりの物件が見つかったんだ。でだ、エルフを買っちまうと家が買えねーから、キャンセルしようと思ったら違約金を払えって言われちまってな……。それでアレックスがエルフの奴隷をほしがってのを思い出してさ」


 そこでタンブラーに口をつけたデニスは、くぴっと一口だけ飲むと困ったような顔を向けてきた。

 確かに、それなりの家を買おうと思えば、同時期にエルフの奴隷を買うのは厳しいだろう。

 程度にもよるが、下手したらエルフの奴隷より家の方が安いくらいなのだから。


「権利をアレックスに譲るから、そのエルフを買ってくれねーか? 手付金で金貨5枚を渡しあるし、それも回収してーんだわ」


 その言葉を聞いた俺は、本来なら大いに悩むのであろうが、酔いが回ってきたせいか、思考がおかしくなっている。

 エルフの奴隷を買うことが生き甲斐で、買ってしまえば生き甲斐を失うと思っていたことを忘れ、冒険者を引退して奴隷とのんびりただれた生活すのもいいか、などと思ってしまったのだ。


「実物を見れから考えるろ」

「おいおい、エルフにハズレ無しって言葉を知らねーのか?」

「知ってるろ」

「だったら実物がどうこう言うなよ。それにな、ちょっとしたコネで格安で買えるようになってるんだ」


 エルフは総じて美しい。

 むしろ、美しすぎて見分けがつかないくらいだ。

 だからだろう、エルフなら何でもいいと思ってしまった。


「いくらら?」

「40だ」


 思考がおぼつかない俺でも、かなり安いことはわかった。

 エルフの奴隷は金貨100枚が相場だ。

 安くても80枚、何らかの訳ありでも50枚以下にはならないと言われている。

 それがたったの金貨40枚。

 普通に考えればありえない安さだ、何か裏がある。


 だというのに俺は―― 


「わかっら、俺がそのエルフを買うろ」


 即決していた。


「さすが”英雄の息子”だ。んじゃ、これが契約書だからサインしてくれ」

「んあ」


 俺は言われるがままにサインした。


「よし、善は急げだ。今から奴隷市場にいくぞ」

「わかっら」

「おっと、その前にギルドに行って金を降ろさなきゃだな」

「そーらな」


 俺は今まで、酒を飲んでも悪酔いなどしたことがなかった。

 そんな俺が人生で初めてと思えるほどの泥酔状態になり、デニスの言うがままに行動している。

 何もおかしいと思うことなく……。

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