【こちらが改稿前です! シーノパンダの読み比べ企画(笑)】「ノイ」

水ぎわ

第1話 『ノイ、おいで』

『ノイ、おいで』


 ちょっと低い、からかうような声でノイのご主人様が呼ぶ。


『おいで、ノイ。ここに金色の花が咲いているよ』

『今日は庭でお茶が飲みたいな。ノイ、用意してよ』


 はい、といってノイは庭を横切る。

 小柄な身体にメイドの制服とエプロン。ブラウンの髪はきれいに巻きあげて、仕事の邪魔にならないようにしてある。

 ノイ、という名前は、アンドロイドマスター、エドガワ博士のラボで完成したときにつけられたものだ。


 古ドイツ語で、“新しい”を意味するノイという名前は、しかしラボでは一度も呼ばれなかった。

 その名前は、金色の花が咲く庭でしか呼ばれない。

 ご主人様の優しい声でしか、呼ばれない。ちょうど、今みたいに。


「ノイ、見てごらん、庭のぶらんこにカエルがのっている」

「ええ、ご主人さま。このお庭に住むのはとても珍しいマリコマカエルという種類で、秋に産卵するんです。ご主人様、お茶はどうしましょうか?」


 うん、とノイの主人であるタイチはじっとカエルを見つめながら、超適当に答えた。


「このカエル。去年と同じやつかな。ガラが同じに見えるんだ」

「同じ個体かもしれません。マリコマカエルは生命力が強くて、通常、60年くらいは生きるといわれています」

「ああ、そう。すごいね。きみも、それくらい生きるかな」


 タイチはちょっと色素の薄い目でじっとノイを見た。


「次の秋も、きみはここにいるかな」

「おります。アンドロイドの標準稼働期間は70年ですから」


 ふう、とタイチはため息をついて庭の椅子に座った。


「ノイ、お茶を入れて。ゆず茶にしてね」

「はい」


 ノイは丁寧にお茶を入れる。ティーカップを皿にのせて、タイチの前に差し出す。タイチはそれをじっと見ているが、結局お茶には手を出さない。


「ご主人様? お茶が気に入りませんでしたか? 入れなおしましょうか?」


 うん、とノイの主人は、超適当に返事をする。それから、ノイとは全然ちがうほうをみてぼそりといった。


「ねえ、知ってる? 僕、本当はゆず茶なんか大嫌いなんだ」

「そうでしたか」


 ノイの中で、かちっと小さな音がして、データが一つ書きこまれる。

“ご主人様は、ゆず茶が嫌い”。

 タイチが続ける。


「僕は本当に好きなのはね、きみだよ、ノイ」


 ノイの中で、かちっと小さな音がして、データが書き込まれる。

“ご主人様は、万能セクサロイドが好き”。

 万能セクサロイド。

 料理や掃除、主人の身の回りの世話、仕事のサポート。ありとあらゆる事を片付け、主人のセクシャルな要求にもすべて従うアンドロイドだ。


 ノイは、エドガワ・ラボラトリーが生み出した、量産型セクサロイドの最初の1体。

 プロトタイプだ。



 ★★★

 ノイは、ご主人様に連れられて定期的にエドガワ博士のラボに行く。

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