序章2 杉村元気

 

 最後の最後にやっとあぶさんが出て来た。

 

 パパがほっとした顔でテレビ画面を見ている。

 あぶさんを見ている時、パパはとても難しい顔になる。

 急にしゃべらなくなって、体をテレビの方に向けてぜんぜん動かなくなる。

 お地蔵さんのようにじーっとテレビを見ているだけ。


 ピッチャーが投げてあぶさんがスイングした時、目がパッと開く。

 そしてそのあとに少しだけタレ目になる。

 そのことはママも知らないと思う。

 僕だけが知っているパパのタレ目。

 

 パパはあぶさんのフルスイングが大好きなんだ。

 僕もかっこいいと思う。

 テレビを見ていても、ブォンって音が聞こえて来そうなすごいスイングだ。

 当たるとすごいホームランが飛び出す。

 でもあんまり当たったところを見た事ないけどね。

 

 9回ツーアウトでランナー三塁。

 あぶさんがここでヒットを打てば同点、打たないとホワイトベアーズは負ける。

 負けるとホワイトベアーズの今シーズンが終わっちゃう。


 あぶさんは2球続けて空振りした。

 スイングがすごくてもボールに当たらないと意味ないよね。

 

 ・・・頑張れ! 

 

 ピッチャー投げた。

 

 あぶさんは3球目を打とうとして途中でバットを止めてしまった。

 

 ・・・ストライク。

 

 ハーフスイングアウト。

 

 ゲームセット。

 

 

 ・・・最悪。

 


 


 朔くんもがっかりしてるだろうな。

 わりと期待してたもんな。

 

 パパのノドからため息みたいな音が聞こえた。

 パパはリモコンでテレビを消してから、テーブルのペットボトルの水を一口飲んだ。

 

 そのあと一生懸命キャップをしめてるけど、なかなかしまらなかった。

 それからもう一度大きく息をはいた。

 

 パパって最近、なんだか不器用。

 その上おっちょこちょいなんだ。

 昨日なんか玄関でつまずいて転んでいたし。


 ・・・どこか悪いのかな?


「残念。負けちゃった。でも元気がお気に入りの鴻野は良かったね。今日なんか一人で活躍していたんじゃない ?」 

 

 僕は1番バッターの鴻野涼介選手の大ファンなんだ。

 打っても守っても走っても、とにかく全部カッコいいんだ。


「まあね。来年はトリプルスリーを狙うよ」


「トリプルスリーなんて、よくそんな言葉を知っているね?」


「だってスポーツニュースのインタビューで答えていたよ。打率3割、ホームラン30本、それに30盗塁でしょ」


「元気は詳しいな。でもそれは彼らしい目標だね。この調子なら出来るかも。水野なんか昔、何度も達成しているんだぞ。それにあいつだってあと少しってところまで行ったのだけどな。でも打率がほんの少し足りなかったんだ」

 

 パパと話をするといつもホワイトベアーズ黄金時代の話になる。

 そしてあぶさんが昔どんだけすごかったかを自慢するんだ。


「2度も大ケガしてるのに復活してすごいよね、今年は大事な場面で代打ホームランも打ったし。パパの言った通りすごい選手だよね」


 僕はパパを喜ばそうとちょっと大袈裟にあぶさんを褒めた。


「まだまだ、こんなもんじゃないんだぞ。あいつのバッティングは」

 

 こういう時、パパは怖いくらいにマジな顔になる。


「パパはちょっと期待し過ぎじゃない? 昔はすごい選手だったかも知れないけど、今はもう年なんだから。あんまり期待しちゃかわいそうだよ」


「・・・そうだね」


 パパはいつものように、にっこり笑っただけだった。

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