使えるか


 佐田と拓は、雑居ビルの中の事務所にいた。

 殺風景というのは、基本的に灰色である事だった。だだっ広い打ちっ放しのコンクリート部屋の奥には大きな黒いデスクがあり、その前には同じく黒い革張りのソファとテーブル、その上には不釣り合いな程大きく、ギラギラにカットされたガラスの灰皿があった。周囲にはロッカーが壁沿いに立ち並び、アロハシャツを着た派手な男や、ダブルのスーツを着込んだ男など数人が佐田と拓を遠くから囲んでいた。


「しょうもないのぶら下げとるのお!」


 タコ男が竹刀で佐田の急所を突いた。


「や、やめてください!」


 佐田と拓はパンツ一丁で、それ以外に身に付けているものはなかった。二人は後ろ手で縛られ、お互い背中を合わせて部屋の真ん中にいた。佐田も拓も数発殴られ、顔には青い痣が数カ所、腹や背中にも竹刀による赤い腫れが走っていた。拓は何が起こったのか分からず、無言で床をにらんでいた。


「お前たちは、償わなくてはならない!」


 タコが大きな声で宣言し、床を竹刀で叩いた。


「いたいけな女子に暴力を振るい、しばらく使い物にならなくさせた!」


「だから俺は何もしてないって言ってるだろう!」


 佐田が叫ぶと黒服が目の前に立ち、思い切り横面を張った。佐田は口の中の血を床に吐いた。


「糞が」

 佐田が呻いた。


 拓は何もしていなかったが、巻き添えで数発殴られ、茫然としていた。今まで誰にも殴られた事がなかったし、誰も殴ったことも無かったのだ。しかし、こうした暴力の匂いには覚えがあった。ヒリヒリとした血と痛みで場を支配する凶暴な空気は、かつての自分に植え付けられたもので、拓はそれを見定めようとした。


「百万円持ってこい」


 タコ男が佐田の目の前に顔を近付けて言った。


「さもなくば、どうなるか分かってんな?」


 凶暴な目つきで佐田を脅した。


「勘弁してくださいよ」


 佐田が懇願した。


「24万で許してください持っているのはそれだけです」


「24万。結構持ってるじゃねえか!」


 タコ男が大声を上げた。


「車の後部座席の金庫に入れてあります」


「取ってこい!」


 タコがすかさず黒服に命令した。


 ◆


 黒服が戻ってくると、二人の前に大量のVHSビデオとDVD、ノートパソコン、それと金庫が乱暴にぶち撒けられた。


「おい! 大切に扱え!……ください」


 思わず佐田が叫ぶと、みぞおちに一発食らった。


「おふっ」


「これは何だ」


 タコが説明を求めた。


「エロビデオです。DVDに焼いて、売ってます」


「ほう」


 タコが跪いた佐田の前にしゃがみこみ、顔を見上げて言った。


「だいぶ金になりそうじゃねーか。どうやって客取ってんだ」


「インターネットで」


「何だインターネットって」


 タコが後ろを向いて黒服に聞いた。黒服は無表情のまま首を横に振った。


「何だインターネットって!」


「電話回線を使って、情報をやり取りするんです。客はホームページにアクセスして、欲しいビデオと、受け取りたい場所を書いて送信するだけでいい。そこに俺たちが行って、金と品物を受け渡す」


「そんなのお前、広島って言われたらどうすんだ」


 タコが冷静になって聞いた。


「ここは福島だぞ! 広島なんて言われたらお前、新幹線でも一日掛かるじゃねえか! 交通費も馬鹿にならねえ!」


「現在地をホームページに常時載せてるんです。この周辺じゃないといけませんよ、って表示しておくと、大体そこらへんの人だけが注文してくれる」


「そんな便利な事、あるか」


「あるんです」


 佐田がニヤリと笑って言った。


「それがインターネットの良い所です。エロDVDも珍しいから需要も高い」


「なるほど!!」


 タコがしばらく歩き回った後、大声を出した。


「頭良いじゃねえか!」


 それからまた、しばらくウロウロと二人の前を歩き回った。顎に手を当て、明らかに悪いことを企んでいる顔をしていた。


「おい、お前ら!」


 拓と佐田、それと黒服以外の男に向けて、タコが怒鳴った。


「お前らここから出て行け! 俺はこいつらと話がある!」


 ◆


 そこから応接室のソファに腰を掛け、タコ男にインターネットの仕組み、ホームページの更新の仕方、実際に送られてきたメールなどの説明をするのに随分と時間を要した。タコ男は適時、ぶっきらぼうに質問をぶつけてきたが、佐田は全てに対して的確な答えを返した。タコ男は粗野で乱暴で危険な男ではあったが、意外と柔軟に物事を理解し、捉えることができた。佐田はそれを意外に思った。馬鹿ではない。ただ単に……思い込みが激しいのか、それを装っているのか?


「服を着て良いですか?」


 日が傾き、拓と佐田はパンツ一丁で諸々の説明をしていたので、すっかり身体が冷えてしまっていた。タコ男は深くソファに身体を預け、足を組んで考え事をしているようだった。


「おい!」


 宙を睨みながらそう声を上げると、黒服が二人の服が入ったビニール袋をどこからか持ってきて、二人の前に投げた。


「丁寧に扱えコラァ!」


 タコ男が黒服に怒鳴った。

 佐田と拓は驚いて、服を着ながらお互いに目を合わせた。何かが変わり始めている。


「ちょっくら、飯でも食いに行くか」


 そう口を開いたのはタコ男だった。











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