第7話 怒りのオンリー

 ――たのは、ウリアではない。

 ウリアは突然、目の前に現れた人の壁に吹き飛ばされ、そのまま森林を抜ける。

 砂浜を越え、海へ着水。

 酸素を求めて顔を出した。

 すると、隣の水面が膨れ上がる。


 顔を出したのはギンだ。

 彼は顔を苦痛に歪めていた。


「なん……で」


 なんで。

 なぜ、助けた。


 私は、あんたを裏切ったのに!


「そんな顔をしてるぞ、ウリア」

「してないわよ!」


「嘘つくなっての。……いてて、やっべ、これじゃあまともに泳げねえな」


 沈みつつあるギンの体を水中で支える。

 そして、砂浜まで共に泳いだ。

 水中で触れた際に分かったのだが、ギンの腕が、折れていた。


 オンリーの一撃。

 僅かに衝撃を殺していても、片腕は犠牲になった。


 ギンの受け方が上手いとも言える。

 衝撃を右腕に集めたからこそ、腕一本で済んだのだ。

 もしもウリアがあのまま、まともに喰らっていれば、破壊されていたのは頭蓋かもしれない。


 そうなれば、この世にはもういない。


 さっきと同じだ。

 攻撃の時に、またギンに助けられた。


 ハンターとしてのプライドが崩れていく感覚。

 ぎりり、と歯を食いしばり、苛立ちを抑える。


 浜へと上がった二人。

 まずは、ウリアがギンの腕を見る。


「やっぱり、完全に折れてる……。

 待ってて、いま添え木を持ってくるから」


「大丈夫だ。これくらいすぐ治る」


 そんなわけない、と思ったが、

 見たところ、もう骨はくっついている。


「嘘、でしょ……!?」


「昔からこんな怪我ばっかしてたから、体も慣れたんだろ。

 大抵の怪我ならすぐ治るしな」


 それよりも、今はオンリーだろ、と森林の先を指差す。


 目を向けたウリアは、ゆっくりと現れるオンリーの姿を見た。


 森林の中とは違い、明るいからこそ鮮明に全身が見える。


 大猿。

 腕が長い。


 見た目以上に、リーチという相手の有利が、こちらの不利を痛く突く。


「ギンじゃねえか。なんだ、お前はそっち側なのか?」


「ああ、悪いけど、こいつはやらせねえ」


「珍しいな、おでに逆らうギンじゃねかったんだが」


「ははっ、いつまでも従順だとでも?」


 笑いながら楽しそうに話す二人の中で、

 静かに炎が舞い上がっているのが分かった。


 やがて、笑顔も消え、目が真剣になる。


 視線がぶつかり、火花が散る。


「敵対するど?」

「おう。これは喧嘩だ」


「一度も勝った事がねえのにだが?」

「それが一度も勝てねえ理由にはならねえ」


 ふん、とオンリーが腰を低くし、構えた。


「久しぶりに弟の成長を見てやるかね」

「偉そうに。兄貴面すんなよ。俺はお前らとは対等だぜ?」


 ギンの挑発に、オンリーが額の血管を浮き上がらせる。


 弟と思っていた子供の生意気な言葉に苛立ったようだ。


「調子に乗るんじゃねえど? 俺達がどれだけお前に世話を焼いたと思ってる」


「結局、それは大将の頼みだからじゃねえのか? 

 俺はもう、お前らよりも強い。

 強い方が兄貴だってんなら、俺が兄貴だよ、馬鹿兄貴」


 膨れ上がった血管は遂に皮膚を突き破る。

 噴出する血が怒りの限界を越えさせた。


「ギぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいンッッ!」


 ひっ、とバケモノの本性を見たウリアは思わずギンにしがみつく。


 それが、後になって思い出せば恥ずかしい行動だとしても、本能には逆らえない。


 そして、その行動こそ、ギンを逃がさなかった。


 言い過ぎたところもあったと自覚している。

 だからオンリーの怒りに多少は引いてしまったところもあった。


 だが、ギンが逃げればウリアがやられる。


 オンリーの怒りをウリアに向けさせるわけにはいかない。


 オンリーの頭の中を、ギンだけにする。


 これで目的は達成された。

 あとは、この勝負に勝つだけだ。


 勝算は特になかった戦いだったが――可能性の話ではない。


 実行する。


 数値に振り回されない、リアルタイムの変化を思い知れ。

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