第53話 先生、誤解なんです!15
タイムリミットの放課後を迎え、痺れを切らした九十九が俺の元に足早に近寄ってくる。
「おい、言われた通りにしたけど、この後どうすんだよ」
「と、言われても、丹波先生が何かするのは確かだけど、具体的に何をするかまでは」
「だろうな。ったく、漆葉の奴は早々に教室出て行ったし」
「そういえば、昼も放送で呼ばれてたよね」
「あ? そうだっけ?」
九十九は昼のことをあまり覚えていないようだ。
今日の昼、予定通り純花さんと梨花さんは丹波さんの誘いに乗り、昼食を一緒に取った。
おかげで、その後梨花さんからの愚痴メッセージの連投が授業中も続いた。
純花さんもその連投を止めようとすらしていなかったから、きっと不快なことがあったのだろう。
そんな状況も知らずにいつものように三人で昼食にしようとしたが、昼休み開始すぐに校内放送で、漆葉が呼ばれることに。
もしかして、あの事件のことで俺達も呼ばれるのではと思ったが、漆葉だけだった。
その後、数分ごとに俺とは関係ない生徒が数名呼ばれるたので、俺達のこととは関係ないのだろうと決めつけた。
しかし、昼休みにあんなに呼び出されるなんて珍しいこともあるものだ。
「んで、どうすんの?」
「とりあえず、教室で待ってみようと思う。九十九はもうそろそろ部活だろ?」
「こんな時に部活なんてやってられるか」
俺のために部活をサボってくれるのはありがたい気持ちもあるが、いつ来るかもわからないのに付き合わせるわけにもいかない。
「そんなわけにはいかないだろ。陸上部の顧問の雷が落ちるぞ」
苦虫を噛み潰したよう顔をしてから、悩んだ様子を見せる。
「……すまん。休憩中とか、グランドから見える範囲で監視はしておくから」
鞄を持った九十九は部活へと向かう。
残った俺はスマホをいじりながら、その時を待った。
それから数十分。
背後から肩を叩かれ、振り向くと、にこやかに笑う丹波先生の姿があった。
「まだ残っていたのか?」
その問いに俺は何も答えない。
「まぁ、その方が好都合だったけどな。ちょっとついてきてくれないか? 話がある」
「……わかりました」
俺は覚悟を決めて、丹波先生の後をついていく。
丹波先生が連れてきたのは、荒らされた花壇の前。
そこには今朝の取り巻きの女子達だけではなく、教師が一人と複数人の生徒(おそらく美化委員だろう)がいた。
その教師の顔に見覚えがある。
たしか、先週の土曜日にいた、田中先生。
そして、その他の生徒の中には見覚えのある顔が一人いた。
「さて、早速だけど本題に入ろうか。嵐、いい加減に白状したらどうだ」
「なんのことですか?」
「決まっているじゃないか。花壇を荒らしたこと、それにタバコの喫煙をだよ」
案の定、花壇のことだけでなく、タバコについても俺になすりつけにきた。
「俺はやってません」
「そんなこと信じられるか! 先週は西尾先生の意見を尊重して見逃したが、今回はそうはいかんからな!」
激昂する田中先生。
先週も証拠もないのに決めつけでタバコを吸っていたと判断されたが、今でもそれは変わらないようだ。
俺がタバコを吸っていると、信じて疑っていない。
おそらく、丹波先生もそれを理解した上で、田中先生を連れてきたに違いない。
「まぁ、待ってください田中先生。タバコの件も重要ですが、まずは花壇についての話をしましょう。美化委員達が大切に育てていた花を踏みにじったんですから」
「そ、そうですね。少し、熱くなりすぎました。それにしても、若いのに生徒思いですね丹波先生。まったく、こんな不良生徒を庇った西尾先生とは大違いだ。教師としての格を疑いますよ」
その言葉に俺は田中先生を睨む。
俺が不良生徒と呼ばれてたことにイラついた訳ではない。
そんなことは今更だ。
俺がイラついたのは、西尾先生のことだ。
しかし、田中先生は俺の心中など知る由もなく、俺の睨みに怯んで、丹波先生の陰に隠れる。
「おいおい、嵐。そうやって、睨めば口を封じれると思っているのか? まぁ、今まではそうだったかもしれないが、俺はそうはいかないぞ」
やった事実もないことを、あたかもやっていたかのようにペラペラと喋る丹波先生。
「話は戻すけど、この花壇をめちゃくちゃにしたことを、まずこの子達に謝らないか?」
美化委員の生徒達への謝罪を要求されるが、そもそもその花壇に花を植えたのは俺であるはずなのに、自分の手柄のような態度でいる取り巻きの女子生徒達が腹立たしい。
だが、俺の言葉など聞くはずもない。
涙を見せるか、はたまた数の暴力で事実を捻じ曲げるか。
どちらにせよ、こんな状態では勝ち目はない。
「やってないことに対して、謝る必要がありません」
「そ、それって酷くないですか!」
「そうです! 美化委員でお世話した花をこんなことしておいて無責任です!」
「不良だからって、僕達は怖くありません!」
事情を知らない美化委員は自分達の言葉が正義である確信しているようで、俺を非難する。
「はぁ、まったく、せっかく最後のチャンスを与えたのに、それを無碍にするなんて」
「丹波先生、もういいですかな? 流石にこれは報告をせざるを得ません」
「仕方ありません」
何やら話を進めている先生達。
「嵐、今回の花壇の件、学校側も重く見ている。それにタバコの件ある。よくて停学、最悪の場合は退学になるだろうな」
「はぁ!? ちょっと待ってください! 花壇は俺じゃないっていってるでしょうが! それにタバコだって」
「うるさい! こんなことをしたんだ。タバコだってお前の仕業だろ」
根拠のない、偏見だけで犯人と決めつけてくる田中先生。
「いきましょう、田中先生。君達もありがとう。もう帰っていいよ」
「ちょっと、話はまだ──」
その場をさろうとする丹波先生の肩を掴んだ瞬間、頬に鈍い痛みが走る。
「暴力で抑えようとしても無駄だぞ? 俺は正しい教育のためなら、体罰だって正当なものだと考えてるからな」
丹波先生は俺を殴った右手を摩りながら、見下ろしそう言った。
「何が正しい教育だ。自分が気に入らない奴を排除したいだけだろ」
「年上にその言葉遣いはどうなんだ? これは教育は必要だな」
再び拳を振り上げる。
俺は咄嗟に両腕で、自分の顔を隠した。
が、来るはずの痛みがない。
恐る恐る両腕の隙間から、様子を伺う。
そこには、小柄な体で精一杯両腕広げている女子生徒の後ろ姿があった。
「伊吹さん! 何してるの! 早くそこから離れて!」
一人の美化委員が伊吹さんに声をかける。
が、伊吹さんは俺の目の前から離れようとはしない。
「君、そいつから離れないと、危ないよ」
「……にしてください」
「ほら、こっちに来て」
丹波先生が手を伸ばすが、破裂音と共にそれは振り払われた。
「いい加減にしてください。何が教育ですか。何もしていない嵐先輩を一方的に責めて、殴って、それのどこが正しい教育ですか!?」
まさか、味方であるはずの美化委員に咎められ、プライドを傷つけられたのか、みるみる顔を真っ赤にする。
「相手は花壇を荒らした不良だよ? 当然こちらが正しい」
「じゃあその証拠はなんですか? 生徒手帳以外に証拠はあるんですか?」
「う、うるさい! 生徒が教師に意見をするな! そいつは間違いなくクズなんだよ!」
本性が浮かび上がり、生徒達はざわつく。
「嵐先輩はクズなんかじゃありません!」
「なんで君がそいつを庇うんだ? ……ああ、そうか。無理矢理従わされてるんだな? 暴力でか? それとも、そいつに襲われて、辱められたか?」
「はぁ……まったく、教師の卵とはいえ、ここまで性格に難ありとは思わなかった」
ため息混じりに建物の陰から現れた西尾先生。
それに、漆葉、純花さんと梨花さんまで。
「に、西尾先生。これは今、この不良に教育をしている最中でして」
「田中先生は黙ってくれますか?」
手のひらを摩っている田中先生だが、西尾先生の一言で動きが止まる。
「さて、この状況の説明をお願いできるだろうか、丹波先生」
「西尾先生もご存知でしょ? 花壇が荒らされたことは。それをしたのが、この嵐なんですよ。せっかく美化委員の子達が世話をしていたというのに」
「それは──」
純花さんが、反論しようとしたが、西尾先生がそれを止める。
「もちろん、花壇を荒らされたことは許せません。美化委員が大事に育てたのだから、美化委員が怒りを覚えるのも無理はない。だから美化委員達に一つ聞きたい」
西尾先生は美化委員達に視線を向ける。
「誰がこの花壇の世話をしていた?」
その問いで、美化委員達は一瞬黙ってしまった。
「え、美化委員の誰かがやってただろ?」
「私は……忙しかったから」
「でも、花壇の世話なんて、美化委員以外、やらないよね?」
美化委員全員が、他の誰かがやっていたのだと勘違いしている。
他人任せな美化委員達の態度に痺れを切らした西尾先生は怒号を上げる。
「早く答えろ! 一体誰が世話をしていたんだ!」
「……嵐先輩です!」
美化委員である伊吹さんがはっきりと答えた。
その言葉に美化委員達だけではなく、丹波先生も目を丸くする。
「そうだな。私が嵐に植えさせた」
「それって、結局嫌々でやったから、鬱憤を晴らすために荒らしたんじゃ」
美化委員の誰かがそう言ったが、西尾先生はすぐさま否定する。
「私が頼んだのは、植えるまでだ。世話までは頼んでいないかったが、自主的に嵐がしていただけだ。なのに、何故美化委員が世話をしていることになっているんだ」
美化委員全員が西尾先生から視線をそらす。
「ですが西尾先生、嵐はこの花壇を荒らした張本人ですよ?」
「生徒手帳がその証拠だと言いたいんだろ?」
「そうです」
丹波先生の反応に西尾先生はため息を漏らすと、一枚の写真を取り出す。
「これに見覚えはあるか?」
「当然です。それは私が撮った写真ですから」
その写真は、荒らされた花壇の様子を鮮明に捉えた写真だった。
「それがどうしましたか?」
「この写真、随分綺麗に撮れている。荒らされた花壇に残った足跡が鮮明に見えるほどに」
西尾先生の発言に丹波先生は言葉を詰まらせる。
「嵐、靴底を見せろ」
俺は言われた通りに、片方の靴を脱いで靴底を見せる。
それを写真と比較しても、明らかに模様が違っていた。
「どうやらこの靴とは別の靴のようだ。丹波先生、靴底を見せてもらえるだろうか」
「な、何故ですか」
「念の為の確認だ。それとも、見せられない理由でも?」
観念した丹波先生は、靴底を見せると、写真と同じ模様。
「おや? 不思議だ。何故、丹波先生の靴底と同じ模様なのだろうか」
「これは! 現場を確認するために入った時に」
「見たところ、何度も踏みつけたようにも見えるが、わざわざ何度も出入りをしたのか?」
「それは……あまりの惨状に気が動転して」
「その割には、写真の構図が考えらているようだが」
言い訳を並べるが、ことごとくはたき落とされる。
とうとう言い訳の弾がなくなってしまったのか、口を閉ざしてしまった。
次に西尾先生は田中先生に矛先を向ける。
「ところで田中先生。私の記憶違いでなければ、嵐が花壇の世話をしに来たことを知っていますよね? そのことは私が頼んだことだとも説明しましたが」
その事実を知らなかった様子で丹波先生は田中先生に視線を向ける。
一方の田中先生は、口をパクパクとさせるだけで言葉が出ていない。
「おっと、失礼しました。先ほど、黙ってくださいとお願いしたのは私でしたね。さぁ、話していただいても構いません」
許可を出すも、返事がない。
「どうされましたか? もう話しても問題ありませんよ? さぁ、早く」
「えっと……その……」
田中先生の態度に我慢出来なかった西尾先生は声を荒げる。
「はっきりしろ! 嵐が花壇の世話をしに来たことを知っているな!」
「はいぃぃ!! 知ってます!!」
その言葉を聞いたことで、丹波先生の顔はみるみる青くなっていく。
「さて、第三者の田中先生も、嵐が花壇の世話をしていたことを証言してくれた。さて、美化委員会の諸君。なぜ、貴様らは自分達がやったかのように話したんだ? 自分がやってもいないのに、美化委員のやったことだと、よく悪びれもなく言えたものだ。しかも、世話してくれていた本人を責めることまでして」
その問いには何も答えず、バツが悪そうに黙ったままの美化委員達。
「まぁ、今後どうするかは後で話すとして……丹波先生」
「な、なんですか?」
「大学にはこのことを報告させてもらう。教員になれるとは思うな」
「はぁ!? なんで!」
普段使ってる柔らかい口調から、威圧的なものへと変わる。
こちらが本性というわけか。
「当たり前だ。こんなことをしておいて、お咎めなしだと思うな。貴様のような奴を教師にするわけにはいかん」
「俺の何がいけないってんだ!? 厄介な不良を追い出して、平和な学校にしようとしただけだ! 感謝されることはあっても、こんな仕打ちを受ける義理はないだろうが!!」
丹波先生から吐き出される言葉が信じられなかった。
教育実習生とはいえ、こんな奴が教師になろうとしていたなんて。
「ほう……あくまで、この学校のためだと?」
「あぁ、そうだよ!」
「そうか……漆葉、そこいる生徒達を」
漆葉は建物の陰に隠れていた生徒達を引き連れ、丹波先生の前に立たせる。
「な!? お前ら、なんでここに」
動揺を見せる丹波先生に、漆葉が口を開く。
「丹波先生、この生徒達に酷い扱いをしていたそうですね。パシリとして使われた人、いじりと称して尊厳を踏みにじられた人、お金を巻き上げられた人。そんな人達を暴力という手段で黙らせていた。そうですよね」
「ち、違っ!」
「もう裏は取れている。被害届も出すように伝えてある」
「そ、そんな! 学校の中で起きたことですよ!? こんな大ごとにするなんておかしいでしょ!」
西尾先生の逆鱗に触れるには、その言葉は十分過ぎた。
丹波先生の顔に拳がめり込み、後方に倒れて、尻餅をついた。
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