第45話 先生、誤解なんです!7
「しまったな」
花壇についたと同時に、気づいてしまった。
「さっきの場所より、ここは広いんだった」
俺が手入れした花壇よりも倍近く長い花壇にため息がつい漏れる。
時間があるとはいえ、一人じゃきついな。
とりあえず、まずは草取りからだ。
「あ、袋持ってくるの忘れた」
来た道を戻り、倉庫へ。
目的のものをすぐに取り、再び花壇へ戻ろうとした。
その途中、俺が手入れした花壇に誰かがしゃがみ込んでいるのが目に入った。
小柄なセミロングの女子生徒がまじまじと花壇を見ている。
リボンの色からして、一年生ただ思うんだけど。
「大丈夫?」
もしかしたら、体調が悪くてしゃがみ込んでいる可能性を考慮し、声をかける。
「ごめんなさいごめんなさい! 何もしてません!」
途端に立ち上がった身振り手振りで否定する女子生徒は、大きなタレ目を潤ませている。
「だ、大丈夫だから! しゃがみ込んでるから、もしかして体調が悪いんじゃないかと思って、声かけただけだから」
「え、あの、大、丈夫です。ただ、花を見ていただけで。誤解させて、すいません」
「怒ってるわけじゃないから、謝らなくてもいいよ」
「あの……この花、全部先輩が植えたんですか?」
花壇を見つめる女の子に俺は素直に言った。
「そうだよ。と言っても、先生に頼まれたからなんだけど」
「……どうしてですか?」
「え?」
「普通はこれは美化委員の仕事なんじゃ」
「まぁ、忙しいらしいから、暇な俺にまわってきた、みたいな」
「断らなかったんですか? やる必要ないのに。面倒臭くなかったんですか?」
ほぼ初対面だというのに、質問攻めにする女の子。
「たしかに面倒臭いとは思ったけど、西尾先生も困ってたみたいだしさ」
「それだけ、ですか?」
「それだけだけど?」
信じられないといった様子の女の子は顔を俯く。
話が途切れてしまい、妙に居心地が悪くなってしまった。
さっさと花壇に戻ろう。
「じゃあ、俺はこれで」
「あの!」
歩き出そうと一歩前に出した瞬間、女の子に呼び止められる。
「もしかして、今から他の花壇も」
「そうだけど」
「……なら、私も手伝わせてください!」
突然の申し出に一瞬躊躇う。
こんな小柄な女の子に手伝ってもらうのは気が引ける。
しかし、一人でも人手がほしい俺は首を縦に振った。
「助かるよ。よろしく!」
「はい! 私、
「よろしくね伊吹さん。俺は━━」
「嵐先輩ですよね? 不良で噂の」
やっぱりそんな風に思われてるんだね。
九十九達以外でこうして面と向かって言われると、やっぱりへこむな。
「あ、でも! それはあくまで噂ってだけで、ち、ちゃんと話してみたら、意外と普通の人で、その……」
顔に出てしまっていたのだろう。
伊吹さんは必死にフォローしてくれる。
「ありがとう。じゃあ、行こっか」
「はい!」
伊吹さんを助っ人に、花壇へと戻る。
「まずは草取りなんだけど……その格好でやるのはまずいかな」
制服姿の伊吹さんに視線を送る。
「汚れ仕事は俺がやるから、それまで少し待ってて」
「いえ、大丈夫です」
伊吹さんは突然制服を脱ぎ始めた。
「体操服着てきたんで」
「……伊吹さん」
俺は伊吹さんの両肩をガッシリと掴む。
「え……あの、何を……」
「急に脱ぐなんて」
「あ、いや、その……私、そういうつもりじゃ」
「体操服を着てるからって、女の子が外で堂々と着替えちゃダメでしょ!」
「誘ってるつもりは! ……へっ?」
何やら微妙に話にズレがあるようだ。
「誘惑って?」
「……なんでもないです」
顔を真っ赤にして一心不乱に草抜きを始める伊吹さん。
あんなにも熱心に作業をしてくれるなんて、よっぽど花が好きなのだろう。
俺も負けてられないと、気合を入れて、スコップで雑草ごと土をひっくり返していく。
「……よし、これぐらいでいいかな」
数十分で雑草の処理と耕しを終わらせ、栄養のある土を混ぜていく。
「嵐先輩。この花でいいんですよね?」
「ああ、ありがとう」
伊吹さんが運んできた花達を花壇へと植え直す。
「……嵐先輩」
「ん? 何?」
顔を向けることも、手を止めることもなく返事をする。
「風紀の女帝って、知ってますか?」
風紀の女帝……って、それ純花さんのことだよな。
たしか梨花さんが以前そう呼んでたし。
「うん、知ってるよ」
「その人を脅迫にして自分の女にして、性欲の吐口にしてるんですか?」
「せっ!? 違うから! そんなことしてないから! あとそんな軽々と性欲とか言わない!」
これには手を止めて声を大にして否定。
それにしても噂の内容が生々しすぎるでしょ。
「大丈夫です。私はもう信じてませんから」
「それなら、いいんだけども」
ホッと胸を撫で下ろす。
と同時に、疑問が浮かぶ。
今日初めて話したはずの伊吹さんが、どうしてここまで俺のことを信用しているのか。
そもそも今日初めて会った時もそうだ。
初対面で、泣きそうにはなっていたけど、俺から逃げようとはしていなかった。
足がすくんでいたと言われればそれまでだけど、それにしても、ここまで信用されるのは少し不自然だ。
もしかして……また幼い時に実は会ったことがあって、俺が一方的に忘れているパターンなのか?
「伊吹さんと俺って、昔会ったことある?」
「いえ、ないと思いますけど、それがどうかしましたか?」
「いや、昔似たような子を見た気がして」
よかった、純花さんと似たパータンじゃなくて……よくない! むしろ謎が深まってるじゃん!
「あのー、伊吹さん。なんで俺のことそんなにすぐに信じれるの? 俺が言うのもなんだけど、悪い噂しかないはずだけど」
包み隠さず素直に質問すると、微笑みながら少し困った表情をした。
「そのー……実は見てたんです。一昨日から嵐先輩が花壇の世話をしているところ」
それって、俺が西尾先生に頼まれた日からずっと見られていたのか。
「もしかして、昨日俺が見た人影って」
「はい、私です。声かけるのがまだ怖くて、つい逃げちゃいました」
まぁ、一般の生徒は目つきが悪くて、悪い噂が絶えない人物に声をかけれるはずもない。
「俺から話しかけたけど、よく今日は逃げなかったね」
「……誰かに見られてるわけでもなく、あんなに一生懸命に花壇の手入れを出来る人が、とても噂通りの人だと思えなかったんです。しまいには休みの日に花の世話をしにくるだなんて。いい人なんですね、先輩は」
「そ……そうかな」
照れてしまい、頬をかきながら視線をそらす。
そらした先の正門に半分隠れて立つ純花さんとバッチリ目があった瞬間、全身の血の気が引いていった。
微動だにしないが、口元だけが動く。
『その子は誰ですか。説明を求めます。陽太君」
距離的に聞こえないはずなのに、純花さんの声が幻聴として聞こえる。
「どうしたんですか? すごい汗ですよ?」
背後の純花さんに気が付かず、背伸びをして自前のタオルで俺の顔を拭く伊吹さん。
知らないとは言え、なんてことをしてくれるんだ。
「大丈夫だから。それより先に草を捨てにいってくれる?」
「いいですよ」
快く引き受け、ゴミ袋を抱えて走り去っていく。
いなくなったことを確認し、すかさず正門に駆け寄った。
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