36 トーク・トゥ・ハー

「先生が《楓の乙女メイプル・メイデン》だったんですか?」

「なんや、知佳やんも知っとったん? 恥ずいなあ」


 知佳は頭の中でそろばんを弾いた。《楓の乙女メイプル・メイデン》が在学していたのはたしか前世紀末だ。二〇年以上前になる。


「……先生、何歳なんですか」


 冨士野はどう見ても、三〇前後にしか見えない。


「魔女は自分の年なんて数えへんのよ」冨士野はウィンクした。「顔見せもすんだし、もう帰ってええ?」

「そんな」蒼衣は言った。「もうちょっとゆっくり――」

「久しぶりの再会なのに随分つれないじゃない、楓」夢路が呼び留めた。「それにしてもすっかり年を取ったわね。気づかなかったわ」


 冨士野は振り向いた。


「あら、夢路さん」冨士野は表情を明るめた。「懐かしいなあ。直接話すのは何年振りやろ」

「さあね。神様も年なんて数えないから」

「夢路さんは変わらんなあ」

「あなたは相変わらずものぐさみたいだけどね。もうちょっと早くこの子たちを助けられたはずでしょ」

「これでも裏では暗躍しとったんやけどなあ」

「どうだか。去年の二年生だって説得に失敗したじゃない。それで巫女は空中分解。残った子はどうなったかしら」

「夢路さん、それは――」蒼衣は言った。


 夢路としての発言なのだろう。しかし、瑞月が似たようなことを思っていてもおかしくない。


「そやな」冨士野は静かに言った。「そもそも、ああなる前に手を打っておけばよかったんやと思う」

「そうよ。夢路だってやりたくてやってるわけじゃないんだから。神隠しはあくまで最後の手段なの」夢路は言った。「お互い、穏やかな日常を送れるならそれに越したことはないでしょう? 夢路はそれ以上のものを望んだことなんてないわよ」


 どこが遠くで工事をしているらしい。さっきまで気づかなかったドリルのような音が聞こえてくる。


「せっかくお越しになられたんだから、お茶でも飲んでいってください」蒼衣は掌をぱんと重ね、言った。「茶楽部の顧問、引き受けてくれるんでしょう?」

「そうだな。今後の話もしておきたいし」カナが同意する。


 冨士野は頬を掻いた。困ったように笑い、ため息混じりに言う。


「今度は逃げられへんようやな」冨士野はスリッパを脱いで畳にあがった。「今日から茶楽部の顧問を勤めさせていただく冨士野楓や。よろしゅうな」


   *** ***


「それで廃部を免れたってわけですね」アヤは言った。「市川先輩の入部と、冨士野先生の顧問就任で」


 知佳の部屋だった。アヤはローテーブルの上に問題集を広げている。知佳はその様子を見守りながら、廃部騒動の顛末を語っていた。もちろん、りんご様や巫女といった非現実的な側面には触れず。


「アヤちゃんってどこまで知ってるの?」

「どこまでって……お姉ちゃんたちは天羽先輩の影響で変な部活に入ってるんでしょう? お姉ちゃんが話すから知ってます」


 どうやら、りんご様や巫女のことは知らないらしい。


「高校ってすごいですよね」アヤは半ば呆れたように言った。「色んな部活があって」

「……たぶんよその学校にはないと思うよ」知佳は言った。「あ、アヤちゃんそこまででいったん止めようか」


 知佳はとあるきっかけからアヤの勉強を見ることになった。二月末の受験までの一ヶ月間。主にアヤが市川家を訪れる形で。


「部活って何をやるんですか」


 答案に目を通していると、尋ねられた。


「まあ、いろいろね」

「いろいろ?」


 知佳は壁掛けのカレンダーに目をやった。廃部騒動からおよそ二週間。カレンダーの日付は二月に突入している。今日はちょうど節分だ。十四日に丸がついていた。


「そう、バレンタインとかね」

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