第11話 カミールとアデルの密談

 

 ◇◇◇


「ティアラが広範囲の回復魔法を!?」


「ああ。俺も正直驚いた。国内随一の回復魔法の使い手であり、『聖人』の称号を持つ大神官でも癒せなかった胸の古傷が、ティアラから溢れる虹色の光に触れた瞬間、跡形もなく消えた……」


 そう言うと、アデルは着ていたシャツの胸元を少し開いてみせる。数年前、魔物と戦ったとき付けられた傷は思いのほか深く、すぐに大神官の治癒を受けたが、傷跡は残ってしまった。数年たっても傷跡がひきつれる痛みや違和感に悩まされていたが、それがいまや、跡形もなく消えている。


「……恐らく、ティアラと同程度の回復魔法の使い手は世界的にみても少ないだろう」


 アベルが言葉を続けると、カミールは分かりやすく顔をしかめた。


 カミールとアベルは人払いをしたあと、カミールの執務室で二人きりで向き合って話していた。


「ティアラが強力な回復魔法の使い手であること。このことに気付いたものは?」


「騎士の何人かも同じように古傷が癒えたのを確認している。孤児院の子ども達の傷も綺麗に癒えていた。中には骨折など、重傷を負っていた子どももいたようだ。さらに、シスターたちの中には、持病や病が治ったと証言しているものもいる」


「そうか。シスター達に見られたのはまずかったかもしれない……。正直頭が痛いな」


 カミールが大きくため息をついた。


「ティアラの力を教会が知れば、次世代の聖女として引き渡しを求められるだろう」


「だろうな」


「我が国でも、教会の影響力は無視できない。だが、ティアラがアリステア教の『聖女』として生きたいと願うだろうか……」



 大陸を統べる大国、アリステア王国の主神として崇められており、国名にもなっている、創造の女神アリステア。その女神を祭るアリステア教会は、世界全土に広がっており、強大な魔力を持つアリシア王国の王族と言えど、その影響力は無視できない。慈善事業は教会主体で行う慣習があるため、今回孤児院で子供たちを育ててくれているシスターたちもまた、アリステア教会に所属している。


 アリステア教会において、あらゆる魔法は女神の加護によるものと考えられている。中でも稀少な回復魔法の使い手は、『聖女』や『聖人』としての称号を与えられ、教会によって手厚く保護されるケースが多い。稀少な回復魔法をかけて欲しければ教会に頼まざるを得ない。そのことがますます教会の勢力を増大させることに繋がっていた。


「回復魔法の才能があることは、素晴らしいことだ。ティアラ自身を助けることにも繋がるだろう。ただ、ティアラが教会の権威を広げるための駒として、いいように使われるようになるのは我慢できない。教会幹部には腐敗が広がっている……。ティアラには、何かに縛られることなく自分の意志で生き方を選ばせてやりたい」


「ああ、そうだな……ティアラは、自分の回復魔法を権力のために使うことを喜ばないだろう。目の前に癒しが必要な人がいるならそれが誰であれ癒したいと思うだろうな」



 ――――まだ幼い日、ティアラは体が弱く、いつも熱を出しては寝込んでいた。震える小さな体、熱に浮かされる潤んだ目。華奢な手を握り締め、このまま弱って死んでしまうのではないかとカミールは何度も恐怖した。なぜ、ティアラだけがこんなに苦しまなければならないのかと。


 それでも、生まれつき回復魔法を使うことができたティアラは、カミールやアデルをはじめ、周囲のものが怪我をしていると、小さな手を当てて必死に傷を癒そうとしてくる。


「兄様、痛い?大丈夫?今、治してあげるから……」


 熱に浮かされた自分のほうがよほど辛いだろうに。その回復魔法はそれ程効果のあるものではなかったけれど。ティアラの無垢な優しさにカミールは何度も癒され、その性質を愛しく思っていた。それはほかのものも同じことで。


「それにしても、虹色の魔力とは……」


 ティアラの熱は長年原因が分からず、神官による回復魔法も効果がなかった。年齢を重ねると共に熱を出すことが少なくなり、最近はほとんど寝込む事もなくなった。体が弱かったことなど嘘のように、驚くほど元気に過ごしていたので安心していたのだが……


「魔力熱……だったのかもしれないな」


 カミールが小さく呟く。


「稀に、強大な魔力に体が対応できず拒否反応を起こすことがあるらしい。ティアラが幼い頃熱を出していたのは、身のうちに膨大な魔力をもちながら魔力として放出することが出来なかったからかもしれない」


「魔力熱か。そうかもな。孤児院でティアラから感じた魔力は今まで感じたことのない魔力だった。ただ強いだけじゃない。なんていうか、神聖で、心が震えるような……」


「どちらにせよ、このことは父上と母上にも相談する必要があるだろう。これからのことを話し合わないといけないな」


「そうだな……」


 二人の間にかつてないほど深刻な空気が流れていたが、そんなこととは知らないティアラは、どうやってカミールから外出許可を貰おうか、頭を悩ませていたのだった。

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