第2話 ささやかな決意
母の話を聞いたのは、別の親戚の話を聞いたからだ。聞きたくて聞いた訳では無い。立ち聞きした訳でも無い。知らないと可哀想だからと、彼らは嫌な笑みを浮かべながらわざわざ親切をしてくれたのだ。
12歳だったリヴィアは泣き顔を貼り付け、幼い頃から可愛がってくれた叔父に事の詳細を迫った。叔父はそんな話はデタラメだと言ってくれたが、父に仲の良い女性がいた事。その女性が別の人と結婚した事は否定しなかった。
「お父さまはお母さまよりその方が好きなの?」
叔父は違うと否定したが、何か言い方に悩んでいるように見え、リヴィアの方が諦めた。
叔父夫婦は仲が良い。貴族同士であってもきちんと愛を育んで結んだ婚姻だったからだ。だからリヴィアは自分の家との違いにずっと違和感を覚えていた。ただそれは母がいないからだと思っていたし、リヴィアは母が自分が産まれてすぐに亡くなった事を知っていたから、幼いながらも罪悪感を持って生きていた。でも父からは自分を憎むでは無く、無関心しか感じられず、戸惑いながらもあれが父の怒り方で、拒絶の仕方なのだろうと思っていたのだが……
「もう分かったわ」
顔を伏せ、引き止める叔父を無視し、屋敷に帰り自分の心を整理した。
お父さまに愛情を求めるのは迷惑な事。もうしてはいけない。自分は────
結婚なんかしたくない、義務だけで結ばれるこんな悲しい家の中にいるのは嫌。
でも貴族の義務として婚姻からは避けられない。
それはきっとお父さまが許さない。だってお父さまも嫌だけどお母さまと結婚したから。
どうしたらそのしがらみから逃れられる?
リヴィアは小さな頭を必死に巡らせた。
◇ ◇ ◇
「リヴィア、どうしたんだい」
穏やかな声に思考を遮られ、リヴィアは首を巡らせた。
「あらお兄様」
振り向くと従兄のレストルが、端正な顔に隙の無い笑顔を浮かべ歩み寄ってきていた。
従兄の援護にほっとしていると、令嬢が顔を赤らめソワソワし出したのが横目で見えた。
「こんばんは。レストル様」
「やあ、エリアーナ嬢。貴方も父母の祝いに来てくださったのですね。ありがとうございます」
ご令嬢────エリアーナが嬉しそうにしている。
レストルは少し癖のある黒髪に黒目のすらりと背の高い美丈夫である。社交会では少なくない浮名も流しているだけあり、フォロール子爵が主催する夜会は令嬢たちに人気がある。エリアーナがレストルに気を取られている隙に、リヴィアはそっと気配を消して場を去ろうとしたが、それに気がついたエリアーナが慌てて止めに入る。
「あの、リヴィア様が、婚約破棄されたと聞きまして、お慰めできたらと思って……」
ここは端とはいえ会場内で、大きな声で話せば周囲にも聞こえる。ましてはリヴィアの話題は真新しい。いくら本人が大して気にしていなくても、これは醜聞なのだ。
エリアーナの言葉を聞いたレストルは微かに目を見張り、そっと笑い掛けた。
「リヴィアを気に掛けてくださって、ありがとうございます。ただあれは、ただの手違いなんですよ。本当のところは婚約解消ですから」
「手違い……ですか」
婚約破棄も解消も大して変わらないだろう、という心の声が透けて聞こえるようだ。
「始まりが小さい子どもを持った親同士の口約束ですから、
これは本当であるらしい。だからこそ相手のご令息が一人で勝手に婚約破棄の手続きを済ませられたのだから。
「まあ……」
にっこりと笑ったレストルにエリアーナは頬を染め、ため息のような返事をした。もうリヴィアの事などどうでも良さそうだ。
それを合図にレストルはリヴィアを追い出しに掛かった。
「リヴィア。家令のジョーンズが探していたよ」
こくりと頷いて、その場を後にするリヴィアの後をエリアーナの声が追いかけてきた。
「もしかして、レストル様がリヴィア様とご結婚なさるの?」
リヴィアは背筋が寒くなる思いで会場を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます