第19話

 残るターゲットは二人。杏奈の父である元凶の牧野譲二と実行犯であるジュリアという女性だ。

 譲二に関してはまだ殺せない状況だ。杏奈の話では今はまだ海外を飛び回っているとのことで日本に戻ってくるのはもう少し先になるそう。

 しかし、まだ焦る必要はない。

 『待て。しかして希望せよ』

 ここまで来たら、その日が来るまで私は耐え続ける。人を殺した私に残された手段はそれしかない。

 一方でリカルドの情報提供により、ジュリアの所在は明らかになった。

 それが非常に問題だった。

 現在は東京の方に住んでいて、有名な化粧品会社の社長となっており、さらにはビジネスマンと結婚し、一児の母となっているそう。

 家庭を築き、幸せになったジュリアは一見、悪の道からは足を洗ったように見える。

 しかし、ジュリアは化け猫だ。リカルド曰く、裏ではかなり嫌なやり方でライバル企業を買収し、社員に対してパワハラなどを行い、何人も自殺に追いやっているそう。

 結局、クズはクズのまま。生かしておけばさらに被害者を増える一方。救えない人間なら、いっそ殺すべきなのかもしれない。

 しかし、家族がいるという事実が私の心に迷いが生んだ。グラハムとリカルドには身寄りはいない。

 グラハムには杏奈の存在がいたが、それを除けば、死んでも悲しむ人が少なかった。

 しかし、ジュリアには家族がいる。家族を失う悲しみは私が一番よく知っている。ジュリアを殺せば私はジュリアと同じ外道に堕ちる。

 もう既に堕ちているのかもしれませんがそれでも、最後の一線だけはまだ超えたくない。

「……イヤ」

 だからと言って、憎しみは消えるわけではない。寧ろ、増すばかり。

 他人の家族を奪っておいて、裁かれることも罰せられることもなく、自分はのうのうと家族を作り、幸せに生きている。

 それがどれほど……悔しくて、苦しくて、憎いことか!

「由紀子!」

 憎悪の渦に呑まれかけた時、耳に愛する人の声が侵入し、私の理性が地上に這い上がる。

「杏奈……」

「どうしたの? 思いつめた顔して?」

 杏奈は私の顔を覗き込む。

「いえ……少し悩み事があって……」

「悩み? 良かったら相談に乗るわ」

 悩みがあると言えば、杏奈はすぐに親身になってくれる。彼女の優しさが本当に身に染みる。

 しかし、人を殺すかどうかについて相談することなどできるわけがなかった。

「大丈夫だよ。自分でどうにかできるから」

 そう言うと、杏奈は「そう……」と寂しそうに俯く。

「……それなら、代わりに……」

 そっと杏奈を強く抱き締める。

「少しだけ甘えさせてください」

「杏奈……」

 私の名前を愛おしそうに呟いた後、杏奈はぎゅっと抱き着く。

 そうだ。グラハムがいなくなった時の杏奈は……。

 私は決めた。ジュリアの行く末を。

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