第6話

 次の日、私は早速警察署に飛び込んだ。そして、受付に座る女性の警察官に憐みの表情で迎えられた。

 そして、事件について話したいことがあると話すと、間もなくして、取調室に案内された。

 取調室はあまり好きじゃない。まだ、心の整理が出来ていない時に嫌と言うほど事件の事について聞かれ、家族を失った事実を何度も再認識するはめになり、精神が崩壊しかけた。

 しかし、警察の方々も事件の糸口を掴む為にやっていることで私が我儘を言える立場ではなかった。

 そんな負の思い出しかない取調室。部屋に案内されてから、約五分後。ノックと同時に二人の警察官が入ってきた。

「やぁ、由紀子ちゃん。元気かな?」

 茶色のスーツがトレンドマークのハードボイルドな中年男性――中島警部が優しい声色で私を迎えてくれました。

 中島警部の後に続いて、これと言った特徴のない青年――島永巡査が入ってきました。

 中島警部と島永巡査は私の事情聴取を請け負い、私の負った心の傷を考慮して、優しく、そして、慎重に話を聞いてくれた。

「ですから! あの人達が怪しいんです! だから逮捕してください!」

「君の怒るのもわかる。ここだけの話、我々も牧野グループが怪しいと踏んでいる。いや、十中八九そうだろ」

 中島警部は腕を組み、皺だらけの顔にさらに皺を作って悩んでいます。

「それなら!」

「しかし、ないのだ。牧野グループが関与したという証拠が」

 すると、中島警部はため息を吐いて、重い腰を上げる。そして、窓際まで歩き、窓の外を眺めながら慣れた手つきでポケットから煙草一本とライターを取り出す。そして、煙草に火をつけようとするけど、私を見て、「失礼」と呟いて、ポケットに仕舞う。

「君の父さん、煙草は嗜んでいたかい?」

「はい……」

 すると警部は「そうか」と言って、今度は煙草の箱を取り出す。

「私にも孫……君の妹さんと同い年がいてね。娘は煙草を臭いやら悪い感じがすると言って嫌っていてね」

 煙草をまじまじと眺めながら、話をする。

「禁煙しようと思っているのだがね、事件以来、ストレスが溜まってしまって……」

 本音と建て前をよく理解していない私には警部の話の意図が全くわからない。

「私も家族が殺されたらと思うと。そして、犯人が捕まえられない。真相を暴けない、もみ消されていると知ったら、もう気が狂いそうになる」

 警部は思い切り箱を握り潰す。初対面の落ち着いた様子は一切なく、まるで仁王像のような恐ろしい表情を浮かべていた。

「警部……それ以上は」

 暴走気味の警部を巡査は宥める。

「……そろそろ。年貢の納め時か」

 すると、警部は机に置いていた帽子を手に取り、目元を隠すように深く被る。そして、徐に立ち上がり、ドアの前まで歩き、ドアノブに手をかける。

 部屋を後にする時、警部は私に背を向けながら、

「好きなだけ、無力な私達を憎んでくれ」

 と一言だけ残して行ってしまった。

 暴走した警部が去った取調室には異様な静寂が流れる。

「由紀子ちゃん。大丈夫かい?」

 そんな空気を割くように巡査さんが腰を落として、私の肩を優しく叩く。

 そして、ポケットから出したミカン味の飴を差し出す。

 私はゆっくりと飴玉を受け取る。

「あの人、正義感が強くて、困っちゃうよね」

 巡査さんは頭を掻きながら、呆れと尊敬が混じった笑みを浮かべる。

「大丈夫だよ。僕達が絶対に犯人を捕まえる。だから……」

 そして、巡査は私の頭をくしゃくしゃと撫で、

「生きるんだ。生きていれば希望はあるから」

 と言い、サムズアップする。そして、警部の後を追いに取調室から出て行ってしまった。

 その時の巡査の顔は覚悟が決めたような表情で非常に凛々しく見えました。しかし、まるで今から死地に向かう兵隊にみたいでどこか恐ろしく思いました。

 嫌でも家族のことを思い出してしまう。杞憂であって欲しいと思いましたが、残念なことに悪い予感程的中するものです。

 事情聴取から数日後のこと。海沿いで警部と巡査が遺体として発見された。

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