第312話 着替え

「……んん……」


 目が覚め体を起こすと、ハコベさんにナズナさん、スイレンにお母様まで雑魚寝をしている。

 そうだった。私は誰よりも先に眠ってしまったんだった。そのおかげか疲れは取れ、体調はすこぶる良い。


「……カレン?」


 どうやらスイレンも目覚めたようだ。私が起きると、いつもスイレンもすぐに目を覚ますのだ。

 私たちが起きると、その声や音でお母様たちも目を覚ます。


「おはよう」


「……もう朝……あ! 早く準備をして国境へ行かないと!」


 お母様は急に覚醒し、私たちに掛かっていた肌掛けを片付けたかと思うと、寝起きで体調の悪そうなハコベさんとナズナさんに代わって、台所を借りて料理を作り始めた。もはやハコベさんの家ではなく、皆の家のようである。

 昨夜の料理などは全て片付けられ、新たに料理を作るお母様を手伝い、手早く朝食を済ませた。


「レンゲ様〜!」


 食事を終え、私たち親子がハコベさんとナズナさんに少しずつ食べ物を食べさせていると、玄関からハマナスの呼ぶ声が聞こえて来た。

 玄関へと向かったお母様だが、もう食べないと言うハコベさんたちの食事を片付けに、私とスイレンは台所へと向かう。


「え!?」


 台所では玄関での話し声が聞こえないが、お母様の驚く叫び声は聞こえた。スイレンと顔を見合わせ、玄関へと向かった。


「お母様、どうしたの?」


 スイレンが声をかけると、お母様は溜め息を吐きつつこちらを振り返った。


「……皆で行くと言っていたのに、モクレンとじいやは先に行ったのですって。タデに着飾れと言われたのでしょう? 早くその姿を見せたかったみたいなの……」


「「え!?」」


 どこか似ている部分のあるお父様とじいやは、どうやら一刻も早くタデに自慢したかったようだ。

 呆れ果てたお母様の言葉が聞こえたのか、具合の悪いハコベさんとナズナさんですら笑い声を上げ、その声が玄関まで聞こえて来た。


「着替えは持って来ているのでしょう? 私は人を集めて参りますので、着替え終わったら外に出ずにここにいてください」


「人を集めるって?」


 ハマナスの言葉に疑問を投げかけると、今国境にいるタデたちと交代するために人を集めるらしい。

 それも今回子どもが出来た新米パパではなく、「家を空けても大丈夫な者を集めろ」とお父様が言ったらしいのだ。


「さすが……モクレン……」


 それを聞いたお母様は、自分の世界に入りうっとりとし始めたが、早く現実に戻ってもらわなければならない。


「お母様、着替えましょう。国境へ行かないと」


 問答無用でそう言うと、お母様の意識は現実に戻って来たようである。


「そうね! 急がないと! ハマナス、頼むわね! ハコベ、ナズナ、二階を借りるわ!」


 ハマナス、ハコベさん、ナズナさんの返事も聞かぬまま、お母様は私とスイレンの手を取って二階へと駆け上がった。


────


「「……わぁぁぁ……」」


 てっきり、ただ綺麗な服に着替えるくらいだと思っていた私とスイレンは、お互いの姿とお母様を見て感嘆の声を漏らした。


 お母様は「これを着て」と私たちに手渡したのは、緑がかった薄いベージュの上下服だった。

 ズボンを履き、足先が隠れるほどの長さのワンピース状のものを着ると、お母様は私たちの腰に何かを施した。興味津々で見たそれは、茶色の糸で織られた幅のある布で、それをベルトのようにして脇腹で結ぶ。

 ベルトの端と端には乾燥した木の実がいくつもぶら下がっており、動く度にそれらがぶつかってカラカラと音をたてた。


 これだけでも充分に余所行きの服装だが、さらにその上からコートンから作られたと思われる、足首までの長さのある真っ白な羽織りのようなものを着せられた。

 透かしが施されており、涼しげで気品が溢れている。


 そしてお母様も同じような服装だが、もっと体にフィットしており、まるでアオザイのようだと思った。

 何よりもお母様は全身が真っ白で、元の美しさから本物の妖精が舞い降りたようだった。


「布が足りなくて、二人は違う色になってごめんなさいね」


 お母様はそう謝るが、私たちは口を開けて呆けたまま首を横に振る。


「あとはこれを……」


 そう言ったお母様は私とスイレンを手招きした。額から後頭部にかけて細い布を巻いてくれたが、それに鳥の羽が縫い付けられている。

 まるで小さな王冠のような羽飾りは、スイレンは青、私は黄色で、可愛らしくて二人ではしゃぐ。


「私はこれを……」


 お母様がそう呟きながら同じようなものを頭に着けるが、お母様のものは大型の鳥の風切羽で、赤と緑というゴージャスぶりだ。

 おそらくお母様は気分転換にオアシスに行くたびに、記念に羽を拾って来ていたのだろう。


「……お母様……」


「……すっごい……」


 着飾ったお母様は、このまま天然発言さえしなければ王妃というより女王のようであり、実の母でありながら私とスイレンの語彙力を失わせた。


「レンゲ様ー! 準備はよろしいかー!?」


 一階からハマナスの叫び声が聞こえ、私たちは裾を踏まないように気をつけながら下へと降りた。

 お母様の姿を見たハコベさんとナズナさんは起き上がり、絶句している。


「さすが……」


「耐性があってもこの姿は……」


 具合の悪さも吹っ飛んだようで、ハコベさんとナズナさんはお母様の裾を持ち、玄関まで付き添った。


「ほぉぉぉぉっ……!」


 玄関で待っていた、お母様に耐性のあるハマナスですら奇妙な声を上げ、自分で自分の頬を叩いている。気持ちは痛いほど分かる。


「……あぁ! 一人ずつです!」


 外へ出ようとすると、慌てたハマナスが言う言葉の意味が分からなかったが、どうやらお父様が、私たちの裾が汚れるだろうからと荷車に載せて来るように言いつけたらしい。


 外に出ると、お父様に「民の言うことを聞くのだぞ」と言われたらしいポニーとロバは、いつにも増して凛々しく立っており、ピカピカに磨かれた荷車を取り付けてもらっていた。


 許可をもらっていると言うハマナスは、私たちを一人ずつお姫様抱っこをして荷車に載せたが、見物人の何人かはお母様を見て倒れた。


 よし! テックノン王国の王様も倒れさせてやるわ! もちろんお母様がね!

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