第305話 痛恨の一撃

 真っ赤になったセリさんは、キキョウさんとナデシコさんと共にお母様たちの作業へ向かうと言う。

 イチビたちも安心したようで、ホッと胸を撫で下ろしていた。ただ、シャガも真っ赤なままだったけれど。


 こちらの三組は元気そうなので後は任せて、私は簡易住居の妊婦さんたちを見回りに行くことにした。


 簡易住居の妊婦さんたちは、果実水などを飲むことが出来るが、固形物は食べたくないと言う。動くことも可能だと言うが、明らかに顔色が悪いので休むように説得した。


「私が一日中見回りをするから、何かあったら言ってちょうだいね」


 同じようなセリフを一人一人に言い、広場で食材などの補充をしてまたハコベさんとナズナさんの住居へと向かった。


 私が住居内にいる間、ポニーとロバには野菜を与えて待ってもらう。お利口さんな二頭は、勝手にどこかへ行くこともなく、私の言いつけを守ってポケーっとして待っているのだ。

 可愛すぎて、住居から出る度に抱きつくと、二頭も嬉しそうに尻尾を揺らす。


 この世界では地球と違い、朝食と昼食の間に食事の時間があるが、そんなだいたいの決まった時間などを無視してひたすら住居を見回る。

 昼食の時間が過ぎ、何回目か分からないハコベさんとナズナさんのお宅訪問をすると、二人は床に座って会話をしていた。


「わわ! 二人とも大丈夫!?」


「えぇ。調子が良くなってきたから、二人で話していたの」


 顔色が回復したハコベさんは優しく微笑む。ナズナさんも同じように微笑んでいるが、いつもの元気いっぱいなナズナさんと違い、慈悲深い母親の表情をしていることに気付いた。

 お腹の子の成長と共に、女性から母親に変化していっているのだろうか。


「何か食べられそう?」


 そう聞くと二人は顔を見合わせ、そして笑いながら口を開いた。


「今すぐは無理なのは分かっているんだけど……」


「前に食べたブレッドが食べたいねって話してたの」


「そんな嬉しいお願いなら、いくらでも聞くわ!」


 そうは言ったものの、やはり酵母が無いのですぐには作れない。ただ、朝から二人は果実ばかり食べていたので、芯や皮は残っている。

 酵母を仕込み、地下室を借りて保管させてもらうことにした。ずっと動き続けて汗ばんでいたが、地下室のひんやりとした空気に生き返る思いだ。


 地下室から上がって来ても、二人は座ったままだったので、野菜や果実を持ち寄り少しここに留まることにした。


「他に必要なことや欲しいものはない? 遠慮しないで何でも言って?」


 そう言うと二人は、私の『お父さん』と『お兄ちゃん』である、タデとヒイラギに似て心配性だと笑う。


「もう! そりゃあ誰だって心配するわよ!」


 真っ赤になりながら私も床に腰を降ろすと、二人はさらに笑う。どうやら本当に体調が良いらしい。


「それにしてもお腹が目立たないわね。いつ産まれるのかしら? 楽しみね」


「目立つって?」


「もうすぐ産まれるわよ?」


 二人は不思議そうな顔をしてそう言うが、私の頭の中はハテナマークでいっぱいになっている。

 なぜペタンコのお腹をしていて、もうすぐ産まれるなどと言うのだろう? 二人に私をからかっている様子はない。


「えぇと……本当にもうすぐ産まれるの?」


 確認のために聞くと、二人は「感覚的にそうね」と言うではないか。


「あの……産まれる子どもって、どんな大きさなの?」


「そうよね、姫は見たことがないものね。手のひらに乗るくらいよ」


 それを聞き、服をたくし上げて自分のお腹を確認した。……ヘソがある。有袋類ではないのは確定した。


「ど……どうしたの?」


 突然お腹を出した私に、二人は困惑しているようだ。落ち着いて、と言われてもすぐには落ち着けない。


 地球では、小さな赤ん坊を産むのは主に有袋類だ。有名なのはカンガルーやコアラだが、有袋類は胎盤が発達しておらず、小さく産まれた子どもをお腹の袋の中で育てる。

 超未熟児で産まれた赤ん坊は糸のような臍帯があるが、成長と共にヘソは見えなくなってしまう。


 そして私のお腹には普通にヘソがあった。ということはこの世界の私たちは、私の中の常識のように子どもを産む生き物ということだ。

 熊やパンダは体に見合わない小さな子を産む。おそらく出産に関しては、似たような習性なのだろう。


「……という感じで、前世の世界ではお腹が大きくなって、出産も大変らしいわ」


 二人に新たに知った地球とこの星との違いを説明していると、ふと思ったことがあった。


「あの……聞きたいことがあるのだけれど……」


 自分が子どもだからだろうとあまり気にしていなかったが、この妊娠ラッシュの最中であれば聞いても良いだろう。二人も「なぁに?」と言ってくれている。

 お母様に聞くのは気恥ずかしいが、この二人になら話せる。例えるなら、親に聞けないことを保健室の先生に聞くような感じだ。


「あの……月のものって……」


 そう聞けば、二人はまた不思議そうな顔をしている。質問をした私がなぜか月のものについて説明をすると、二人は「聞いたこともない」と言う。

 地球でも、哺乳類だから必ずあるというわけではない。むしろ、月のものがある哺乳類のほうが少ない。


「なるほど……私の前世の世界とは、一部体の造りが違うのね」


「そもそも、そんなに簡単には子どもは出来ないのよ。一気に子どもが増えるなんて本当に奇跡よ」


 そう言ったハコベさんは嬉しそうにお腹を撫でた。子どもが出来る確率は、この世界ではとても低いようだ。


「奇跡と言うか、あれだけ回す「ナズナ!」」


 ナズナさんの言葉に、真っ赤になったハコベさんが叫んだ。ナズナさんは今、明らかに『回数』と言った。あの監視小屋で、みんなどれだけ盛んだったのかしら……。

 そんな子どもらしからぬことを真面目に考えていると、ハコベさんとナズナさんは茹でダコのように真っ赤な顔になっている。


 セリさんを赤面させたのは私だが、今回は私は悪くない。ナズナさんの自爆だ。私はニヤニヤとしながら「ふぅん……」と意味ありげに言い残し、隣の家へと向かったのだった。

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