第296話 おババさんの予言

 植物を植え付け、皆の誤解を解き、私たちは少し早いが作業を終了して広場に戻った。

 私たちが戻ると、お母様たちやヒイラギたちも作業を終えて集まり、自然と談笑が始まる。


「さっきカレンがね……」


 余計なことは言ってほしくないのに、イマイチ皆が倒れた原因を分かっていないスイレンは、大声でその報告をしてしまった。

 スイレンの話を聞いたお母様たち女性陣は腹を抱えて笑っていたが、お父様、タデ、ヒイラギの三人は何とも微妙な表情をしていた。


「ハハハハ……ハァーーーッ!!」


 その時、声を出して笑っていた占いおババさんが突如、引き笑いをして動かなくなってしまった。


「ちょちょちょちょっと!? おババさん!?」


 あまりにも驚きおババさんに駆け寄ったが、おババさんは目と口を開き息をしていない。


「おババさーん! 死んじゃイヤー!」


 その場の全員が騒ぎ始め、私は叫びながらおババさんを揺すぶった。周りの皆も「おババー!」と叫んでいる。


「……ハッ! ……見えました……」


 川や花畑が見えたのかと錯乱したが、どうやら占いというよりは予言のようなものを見たらしい。

 今までは占いばかりしていたおババさんだが、私の出現により先を占うよりも、日々起こる変化を楽しんでいると笑っている。


「そんなわけでして精度が落ちていましてな……。見えたものは『騒ぎ』と『宴』という漠然としたものでした」


 一応お母様と私とでおババさんの体を確認してみたが、本当に何ともないようだ。こちらの心臓が止まるかと思ってしまったわ。


「それにしても『騒ぎ』とは、今おババが起こしたであろう?」


 心配して走って来たじいやだったが、ホッとした様子で憎まれ口をたたく。それを聞いた者たちは笑い出す。


「では『宴』とは、カレンが戻った宴か?」


 同じくお父様も安心したのか、そんなことを口走っている。歓声が飛び交うが、私は真面目な顔をして大声を出した。


「宴は後よ! 浄化設備がほとんど完成したのだから、そろそろ住む人を決めるべきよ!」


 私たち一家以外はバラック暮らしが長かったせいか、今の簡易住居でも充分に幸せだと言うのだ。

 けれどブルーノさんまで呼び建築に携わってもらったのだから、誰かに住んでもらわなければブルーノさんもジェイソンさんも報われない。

 さらに言うなら、浄化設備に流れる排水も出してもらわなければ、いずれあの植物たちも枯れてしまうのだ。


「だから、今日こそ住む人を決めるわよ!」


 私の宣言を聞いた民たちは顔を見合わせあうが、誰一人として「住みたい」とは言ってくれない。

 そもそも穏やかでのんびりとした気質の者たちばかりなので、住居が必要な人が使うべきだと話が堂々巡りになってしまう。

 全員に、しっかりとした住居が必要だと自覚してほしいものだ。


「お父様! たまには王様らしく、ビシッと名指しして!」


 私の無茶振りに、お父様はあたふたとしている。


「うむ……カレンの言う通り、皆のために作った住居なのだ。しかし全員分はない……。困った……」


 私が『王様らしく』と言ったのにもかかわらず、お父様は眉をハの字にし『困った』などと言ってしまい、笑いが起こる。


「……誰の名前を出しても構わんな? では……タデ、ヒイラギ。お前たち夫婦が住め。それとハマスゲ親子。イチビ、シャガ、オヒシバ。お前たちは一人で暮らしているな? 三人で共同で住め」


 ハマスゲは父親であるハマナスと、物静かな母親と暮らしている。するとハマスゲが口を開いた。


「なら私たち幼馴染は四人で暮らします」


「ハマスゲがいなくなるなら、私たちは後でいい」


 幼馴染四人組はハイタッチを交わし、父親であるハマナスはまさかの辞退宣言だ。

 困り果てたお父様は少し悩み、そして口を開いた。


「おババ。また息が止まっては敵わん。身寄りのない老人たちを集め、共同生活が出来るよう二軒に人を振り分けてくれ。もちろんおババも住むのだ」


 これでどうにか住居を使える日が来たようだ。おババさんが的確に人を振り分け、そしてタデたちも引っ越しすることになったので、皆で手分けして引っ越しを手伝った。


────


「えぇと……」


 今現在、私とお母様とハコベさんとナズナさんの四人が、素っ裸で風呂場にいるのだ。


「どうやって使うの?」


 湯に浸かる文化のないこの世界で、風呂の説明を始めたところ、仲の良いお母様たちが今日は男と女に分かれてお泊り会をしようと言い出し、今に至っている。

 明日以降、それぞれの旦那様やおババさんに風呂の使い方を説明してくれるそうだ。


「……まず体の汚れを落として……」


 桶で湯をすくい、体にかける。温度はバッチリだ。


「そして湯船に浸かって体を温めて……」


 女同士とはいえ、スタイル抜群な三人に裸をまじまじと見られるのが恥ずかしい。

 すぐに湯船から上がり、布で作った袋にアワノキの実を入れて泡立てる。


「この泡で頭を洗って、体は泡をつけながら布で擦るのよ。この袋ごと擦っても良いかもね」


 私の入浴の一部始終を見たお母様たちは、見様見真似で風呂に入る。

 初めての温かいお風呂はとても気に入ってもらえたらしく、お母様たちはキャッキャとはしゃぎあっていた。


 ただ、今までは拭くだけだった体からは恐ろしいほどの垢が出て、排水口へと流れるそれを呆然と見ていた時だった。


『……!』

『……っ!』

『……!!』


 明らかに隣の家から聞こえて来たのは、スイレン、タデ、ヒイラギの悲鳴や怒鳴り声だった。

 確認に行かなくても分かってしまった。あのお父様だ。リーンウン国の風呂の入り方を教えているのだろう。要するに水浴びだ……。


 お父様? リーンウン国の夜はこんなに冷えなかったわよね?

 そしておババさん。この国は毎日騒ぎが起こっているのよ……?

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