第294話 アッサリとコッテリ

「おはよう」


「おはようございます」


 日の出と共に目が覚めリビングへ向かうと、私たちのために朝食を作ってくれていたブルーノさんに朝の挨拶をされた。

 声のトーンと見た目の様子から、全く二日酔いにはなっていないようである。それはシャガもハマスゲもそうだった。


「あのテックノン王国の『ワイン』とか言う酒は、果実の香りや渋みや酸味が美味いですが、デーツの酒に比べたら果実水のようなものですね」


 食事をいただきながら、淡々と話すシャガに驚き手が止まってしまったが、ブルーノさんもハマスゲも「本当にそうだ」と同意している。何とも恐ろしい会話だ。


「……前にも言ったけれど、そのうちヒーズル王国製のものを作るわよ。ただ、お酒よりも他のものの優先度が高いから、順番に作っていきましょうね」


 ヒーズル王国の畑にはグレップがたくさん実る。ほとんどがおやつとして食べたり、潰してジュースとして飲んでいるが、ワインを作るにはまだ収穫量が足りないと思っている。

 なので少しずつグレップの木を増やしてもらっているのだ。


「もう私は『ヒーズル王国製』と聞いただけで、確実に旨いと思うようになってしまったよ」


 ブルーノさんの言葉に笑ってしまう。


「本当にヒーズル王国の食べ物を気に入ってくれたのね」


「食べ物だけじゃない。ヒーズル王国の全てが好きなんだ」


 愛おしそうにそう話すブルーノさんに心から感謝の言葉を伝え、名残惜しいが私たちは帰り支度を始めた。

 早いうちに沼地から植物を採取し、ヒーズル王国へ戻らなければならないからだ。


 ブルーノさんもそれを分かっているから、引き止めるようなことは言わず、笑顔で送り出してくれた。

 ただ言葉に出さないだけで、私たちもブルーノさんも寂しい気持ちで胸がいっぱいだ。


「ま……待ってくれ……」


 町の大人たちが二日酔いなのか、いつもよりどころか、全く人がいない町の中を歩いていると、突如苦しそうな声で私たちは呼び止められた。


「……アンソニーさん!?」


 呼び止められた場所はアンソニーさんの店の前だったが、真っ青な顔のアンソニーさんが入り口前に座り込み、こちらへ向かってプルプルと手を伸ばしていた。


「ぬ……沼地に……連れて行ってくれ……」


「行ける状態じゃないでしょう!?」


 明らかに二日酔いである。アンソニーさんの吐く息は酒臭いを通り越し、ワイン臭そのものだ。


「ス……スネックの在庫が……」


 どうやら昨夜の宴で、全てのスネックが無くなったらしい。なので捕まえに行きたいようだが、一人で行けずうずくまっていたようだ。

 アンソニーさんの意思は固かったので、とにかく水を飲ませ、沼地まで寝ているようにと荷車に載せ、町の入り口へと向かった。


「……おはよう……」


 入り口には表情を失くしたペーターさんが座っていた。こちらも二日酔いのようだが、アンソニーさんよりはまだマシのようだ。

 あのデーツの酒を飲んではいなかったのに、この程度で済んでいるのは元々酒に強いのだろう。


「ペーターさん、おはよう。大丈夫? 私たちはこれから沼地に行くのだけれど、アンソニーさんも行くことになって」


 そう言いながら荷台で目を瞑ったまま動かないアンソニーさんを見ると、ペーターさんは無言でスネックを入れる袋を渡してくれた。

 言葉を発するのも辛いのだろうに、律儀に入り口で見張り番をするペーターさんに苦笑いしか出て来ない。


「……またな……」


 あまりにもあっさりとした別れだが、二日酔いの辛さを知っている私たちは空気を読んで、そのままリトールの町を後にした。


────


「じゃあハマスゲは私の補助を、シャガはスネックが出たら対処を、アンソニーさんはポニーとロバを守りつつ、スネックが出たら狩ってね」


 沼地から離れた場所にポニーとロバを待機させ、若干復活したアンソニーさんを荷車の側に配置し、私たちは沼地へと入る。


 水中に根を張るアシっぽいものや、マコモっぽいものを中心に、水中に生える植物から水辺に生える植物まで多種類を泥ごと採取する。

 途中スネックが何匹も現れたが、毒はないとはいえさすがに身構えてしまう。涼し気な顔をして仕留めていくシャガが神に見えるほどだった。


「あとは……うーん……いたいた!」


「姫様……ベンジャミン様がお怒りになるのでは……?」


「どうしても必要なのよ」


 ハマスゲが焦った表情で見つめるのは、イトミミズもどきだ。名前はないようで、しいて言うなら『ミズミズズ』だろうか? 水中の泥の中で密集してゆらゆらと揺れるそのミズズを、広範囲の泥と共に木箱に入れていく。


「さぁこのミズズが新鮮なうちに帰りましょう!」


 私の言葉に皆は苦笑いとなりながら帰り支度をし、首を落としてもまだウネウネと動くスネック入りの袋をアンソニーさんに手渡し、リトールの町の近くでアンソニーさんとお別れした。

 その頃にはアンソニーさんも普通に動けるようになっていた。


────


「カレンさぁん!」

「カレン姫!」


 国境へ到着すると、警備隊の皆さんが走り寄って来て熱烈歓迎を受けてしまった。


「とても美味しいものをありがとうございました! ……隊長は毎日、あんなに美味しいものを食べていたんですね?」


 どうやらヒーズル王国製の果実がお気に召したようだが、特にジャムは奪い合いになるくらい好評だったようだ。

 そしてジェイソンさんは自慢をしたわけではないのだが、こんな食べ物やあんな食べ物があったと説明すると、ネチネチと一晩中ズルいと文句を言われ続けたようで、ゲッソリとしていた。


 食べ物の恨みは恐ろしいと言うけれど、国境警備隊の皆は食いしん坊なのね。

 次に会うときには、もっと美味しい食べ物を持って来ると言うと、私は警備隊員たちから野太い声援を受けたのだった。

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