第287話 休日②

 今日は休日にしたはずだ。なのに、私の目の前で繰り広げられているこの光景は何なのだろう?


「まず、間伐も兼ねて木を切る。木の伐採方法はこうだ」


 ハマナスが先生役となり、子どもたちに木の切り倒し方を教えている。斧の使い方やコツを語ると、子どもたちは目を輝かせ熱心に話を聞いている。

 チェーンソーなどないこの世界で、ハマナスは斧一本で木を倒そうとしている。ただ、子どもたちに危険が及ばないよう、細めの木を選んでいるようだ。


「まず、どの方向に倒すか決める。決まったら、こうだ!」


 ハマナスは斧だけで幹に三角の切れ込みを入れていく。思わず私も見入ってしまった。

 しばしその作業を見ていると、ミシミシと音を立てて木は倒れた。子どもたちから歓声が上がる。


「よし! 持って行こう!」


 ハマナスの掛け声と共にイチビたちがその木を持ち上げると、子どもたちからは「力持ち!」とか「いつかあぁなりたい!」などと声が上がる。


 歩いてすぐの炭焼小屋に到着すると、乾燥させるために置いておく説明がされる。

 そして某料理番組のように、「ここに乾燥が終わった木がある」と、手際よく木材を出し、子どもたちに薪割り体験までさせている。


「ではその木を中に入れよう」


 次に先生役なったのはヒゲシバだ。窯の中に子どもたちが切った木を入れ、炭にするために火をつけた。火の温度の説明までするが、子どもたちは真剣に話を聞いている。


 これでは職場体験ではないかと頭を悩ませたが、子どもたちや、今まで炭焼きを見たことのなかった大人たちの表情を見れば、これはこれで良かったと思えてしまう。


 けれど一度窯に火を入れてしまうと、ヒゲシバは炭焼きにかかりっきりになってしまうので、結局は仕事をさせてしまったことを反省してしまう。


「姫様、いつかこの仕事をしたいと思う子がいれば、今日のこの日は記念すべき日だと思いませんか?」


 一瞬手の空いたヒゲシバは、そう言って笑う。確かに今日の休日がなければ、この炭焼きの見学もいつになっていたか分からない。


「そうね……子どもたちにとって、今日はとても良い日だわ」


 そう言って微笑むと、後ろからイチビに声をかけられる。どうやら塩を持って来たようで、魚を捕まえ塩焼きにしようと言うではないか。

 本当に痒いところに手が届く気遣いに、子どもたちが懐くのも無理はないと思ってしまう。


 今まで危ないからと、川に行くのを親に禁じられていた子もいた。初めて見る川に目を丸くし、水路へと続く取水口も興味深げに観察している。


 そして川の一部をせき止め、片っ端から魚を捕まえては食べられる魚を塩焼きにして、ピクニックのような時間を過ごした。


「姫様……レンガの焼き場も見たい」


 腹ごしらえをし軽く眠気を覚えていると、真面目で純粋な子どもたちにそう言われた。


「そうね……じゃあ今日の記念品を作りましょうか?」


 そう言うと子どもたちは目を輝かせる。ぞろぞろとレンガ焼き場へ移動し、今度は私が先生役となった。陶芸教室の開催だ。


「以前は広場近くに焼き場があったから、レンガを作るのをみんな見ていたと思うわ。今日は粘土を使って、レンガではないものを作ってみましょう」


 粘土の採取場は深く掘り進んでいたため、イチビたちが子どもたちの代わりに粘土を採取してくれた。

 その粘土に、割れたレンガを粉にしたものを混ぜたりし、捏ねる作業をさせると子どもたちは見事にはしゃいでいる。どの世界でも粘土遊びは人気らしい。


「中に空気が入っていると割れてしまうから、しっかりと捏ねてちょうだい」


 手先が器用な村出身の者たちは、子どもたちや他の者の手伝いをしてくれる。


「空気を抜いたら、好きな形にしましょう」


 ここにろくろはないので手びねりで作る。そして釉薬はないので、仕上がりは素焼きの作品になる。


 親子たちは思い思いに皿や湯呑みを作っている中、私はせっせと壺を作る。何を作るか悩んでいた者たちも、何人かが壺作りに参加してくれた。


「みんな! 出来た? 今日このまま焼くと割れてしまう可能性があるから、一晩水分を飛ばします」


 そう言うと初めて子どもたちからブーイングが上がった。今日すぐに完成すると思ったらしい。慌てたイチビが口を開いた。


「これは必要なことだから、我がままを言わないように。明日私が責任を持って焼くから、みんな自分の作品を忘れないように」


 そうイチビが言うと、子どもたちは素直に「はーい」と返事をしてくれた。


「では広場へ戻りましょうか」


 炭焼きのために残ると言うヒゲシバとハマナスに別れを告げ、子どもたちをポニーとロバに載せて、またゆっくりと広場へと歩き出す。


────


「カレーン! 早く来るんだ!」


 まだ米粒大にしか見えないお父様が、必死に大声を張り上げている。あの様子だと、広場を出る時に頼んだものが完成しているのかもしれない。


「みんなはゆっくりで大丈夫よ。ポニー、ロバ、少し走るわよ!」


 私が駆け出すと、ポニーとロバのスピードも上がる。子どもたちは大喜びだ。


「カレン! どうだ!?」


 お父様の元へと到着すると、腰に手を当てふんぞり返っている。タデとヒイラギは最終調整をしているようだ。


「完璧! さぁみんな! これで遊びましょう!」


 ヒイラギに手渡した黒板には、シンプルなブランコを描いたものだった。それが形となり目の前に存在している。


「こうやって遊ぶのよ」


 懐かしいブランコに子どもを乗せ、後ろからそっと押す。初めてのブランコは怖かったのか表情が固かったが、やがて笑顔となってくれた。


「僕も!」

「私も!」


 支柱と支柱の間には、二つのブランコがある。交代で子どもたちを遊ばせていると、スイレンが近付いて来た。


「いつの間に作ったの!?」


 勉強に集中していたらしく、子どもたちのはしゃぎ声が聞こえるまでブランコに気付かなかったと言う。さすがスイレンだ。


「スイレンもどうぞ」


 そう言うとスイレンはブランコに座ろうとするが、どの子どもたちよりも緊張の面持ちをしている。

 そしてそっと腰を降ろした瞬間……後ろにひっくり返ってしまった。本人も、私たちも驚きから声を上げる間もなかった。


 いくら体力が付いたとはいえ、スイレンの運動音痴を舐めていた。そして急きょ、後ろへ落ちないようブランコに対策が成された。

 そして、ようやくブランコに乗ったスイレンは怖いと泣き出し、私たちはまた無言になってしまったのだった。

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