第283話 大人たちの戦争
ひとしきり感動したお父様は、ミニイカダに寝そべりプカプカと浮かんでいる。両手両足共にミニイカダから投げ出し水に濡れているが、そこは全く気にしていないようだ。
ただよほど気持ちが良いのか、目も口も半開きで薄ら笑っている。ここに至るまでの状況や、お父様のことを知らない人が見たら、間違いなく事案発生だと思うだろう。
「楽しいですか?」
「良かったですね」
さっきまでお父様を笑っていた民たちだったが、いたたまれなくなったのかお父様に優しく声をかけている。
怖くもなければ威張ったりしない王様だけれど、残念な意味で民たちに気を遣わせてしまうお父様を残念に思ってしまい、スイレンと顔を見合わせ苦笑いをしてしまう。
「何が呪われた土地だ……今では楽園ではないか」
言っていることは素晴らしいが、表情がとてつもなくだらしないお父様に皆が笑う。
「そうだ! 私も試してみたい!」
そう言ってお父様は勢い良く起き上がり、慣れない浮力にあたふたしていたが、さすがのバランス感覚ですぐにミニイカダの上に胡座をかいた。
お父様にしては珍しく、恐る恐るロープに手を伸ばした。
「む! 皆、丸太を守れ!」
いち早く気付いたタデが叫ぶと、近くの男衆は固まって丸太にしがみつく。何事かと思ったが、お父様の力を知っているからだろう。
とはいえ浮力もあるのだ。大げさだと笑って見ていたが、お父様が「ふん!」と力を込めると、向こう岸のじいやが目一杯力を込めて丸太を掴んでいる。
「……」
そしてお父様は、遊ぶと言うには程遠いものすごいスピードで向こう岸へと流れて行く。やはりお父様の一撃は何事も常人離れしている。
向こう岸へと着いたお父様は向きを変え、笑顔でロープを引いた。
「ぬぉっ!」
こちら側はタデとヒイラギが丸太を死守している。スイレンが言うには、そもそも子ども向けに作ったものなので、そこまで地中深くに丸太を埋めていないと言う。
「これは楽しいぞ!」
一人だけ満面の笑みのお父様が一瞬でこちら側へと戻って来た。もう一度向きを変え、向こう岸へと向かおうとしたお父様に向かって、いろいろと察した民たちが水鉄砲を放ちお父様の気を引いた。
「…………」
「…………」
水をかけた民たちはやってしまった感から固まり、お父様もまた驚きから固まり見つめ合っていると、シャガが小走りにこちらへ向かって来た。
「姫様とスイレン様が使った玩具です」
スっとお父様の目の前に水鉄砲を出すと、お父様だけではなくタデとヒイラギも騒ぎ始めた。
「なんだコレは!?」
「ほう!」
「面白そう〜」
水鉄砲を見る前にお父様とオアシス方面へと向かったので、三人とも初めて見る水鉄砲に少年のようにはしゃいでいる。
スイレンが使い方を説明すると、三人は水を掛け合って楽しそうに遊び始めた。ようやく落ち着いたと思ったが、お父様の行動力を舐めていた。
「タデ! ヒイラギ! あの暑そうなじいの頭を狙うぞ!」
今日も安定の快晴なので、じいやのハゲ頭は太陽の光を反射して光輝いている。けれどじいやの表情は曇っている。
「……暑いですが、何か?」
じいやは開き直ったようだが、苦虫を噛み潰したような表情でお父様を睨んでいる。調子に乗ったお父様はタデとヒイラギをけしかけ突撃しようとしたが、タデに冷静に止められた。
「多勢に無勢じゃないか? ……そうだな、既婚組と未婚組に分かれたら良いんじゃないのか? ベンジャミン様は未婚だし……」
そこまで言ったところで、じいやと近くにいたイチビとオヒシバが顎を上げてタデを睨み、臨戦態勢となった。当然のようにシャガとハマスゲがじいやの方に呼ばれ、なぜかジェイソンさんも参戦している。
この後どうなるか分かっている他の男たちは、「畑の手入れに」や「木々の伐採を」と理由をつけていそいそと広場へと戻った。残った女性陣やお年寄りたちは、観客としてこの場を盛り上げている。
「狙うはじいのみだ! 他は相手にならん!」
お父様の叫びに、じいやチームはカチンと来たようで、じいやが叫び返す。
「モクレン様以外は、お主たちとそんなに実力は変わらん!」
その言葉にタデとヒイラギはイラッとしたのか顔つきが変わり、イチビたち四人組はじいやの言葉にやる気スイッチが入り、歓喜の叫び声を上げている。
記念すべき第一回水鉄砲戦争が始まったようだ。両者共に対岸を睨みながら、水鉄砲に水を補給している姿は滑稽である。良い歳の大人たちがまたしても本気で遊び始めた。
お父様たちは人数が少ない分、近くに置いてある水鉄砲を片っ端から拾い、水が入った水鉄砲を小脇に抱えたり服に入れたりと数を持ち運ぶことにしたようだ。
対するじいやたちは、ジェイソンさんが甲斐甲斐しく水を補給してはじいやたちに水鉄砲を配っている。最早じいやの嫁のようである。
タデとヒイラギが撹乱し、その隙にお父様は必死に水を入れるジェイソンさんを狙った。
「常に周囲に気を配れと言ったはずだ!」
いち早くお父様の動きを読んだじいやは、ジェイソンさんに回し蹴りを叩き込む。ジェイソンさんは水がかかるよりも大ダメージを受けているが、「先生! すみません!」と謝っている。当たりどころが悪かったのだろうか?
誰かが水をかけようとすると誰かが避け、それが観客へとかかるのでそちらも盛り上がっているが、本当にこの国は良い意味で騒がしい。
────
「なんとなく予想はしてたけれど……」
辺りは日が暮れ始めている。観客の老人たちは食事を作ると広場に戻り、昼くらいには女性陣と子どもたちしか観客はいなくなっていた。それが問題だった。
なかなか勝負がつかなかったせいでイライラもあったのだろう。水がかかった観客は喜んでいたが、タデもヒイラギも奥様に水がかかったことが許せなかったようで、水鉄砲を放棄してイチビたち四人と取っ組み合いになっている。
お父様とじいやは二人だけの戦いとなり、律義に水鉄砲を使ったままであるが、アクロバティック水鉄砲戦争は決着がつきそうにない。リーンウン国兵が見たらどう思うだろうか?
休憩も無くずっと水鉄砲をやっているお父様たちもだが、それを見ている観客たちの体力もすごいものだ。ブルーノさんは終始笑いっぱなしなのもすごい。
ちなみにジェイソンさんは、何回もじいやの回し蹴りや飛び蹴りを喰らって伸びてしまい、私とスイレンが看病をしているのだった。
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