第281話 上げて落とす

 それなりの時間を要してタッケの水鉄砲を作って満足したが、まだ中途半端にタッケが余っている。それを見て子ども用の、いや、大人でも一人くらいは乗れそうなイカダを作ってしまおうということになった。


 以前、川でじいやはイカダに身を預けながら空を眺め、『いつかのんびりと空を見たいと思っていた』と言っていた。

 もしかしたら民たちの中にも同じようなことを思っている人がいるかもしれない。という真面目なことを心の中で思っていたが、ブルーノさんが楽しみすぎて爆発しそうになっている。


「あああぁぁぁ! 早く乗り心地を確かめたい! 水に濡れるのは構わないが、こんなに面白そうなものはぜひとも乗りたい!」


 腹の底から声を出しながら、ブルーノさんは私たちとミニイカダを製作する。そのはしゃぎように私たちは笑いが止まらない。

 むしろ小型の船にしか乗ったことがないそうで、このような原始的な、しかもタッケを使ったイカダに興味津々らしいのだ。そしてリトールの町へと帰ったら、簡単な船の設計図を石版に残しているのでスイレンに教えてくれるとまで言ってくれた。


「それは助かるわ。私も作り方を全く知らないわけではないのだけれど、作ることを考えたらもの凄く大変なのが分かるから……」


 美樹のご近所さんには漁師もいたため、小型木造船の作り方を少しだけ聞いたことがあった。もっとも美樹がそのご近所さんから聞いた時には、港に留まる船の大半がFRP素材の漁船ばかりで、木造船はなかったのだけれど。


「ヒイラギくんを筆頭に、この国の人たちなら問題なく作れるはずだよ」


 そう言ってブルーノさんは笑った。確かに私たちは今まで不可能を可能にしてきたのだ。……ヒイラギならきっとやってくれるわ! 私は密かに、造船作業には参加したくないと心の中で思った。


────


「あら……?」


 ポニーとロバも一緒に遊ばせるつもりで、二頭に荷車を取り付け水鉄砲やミニイカダを載せて来たが、まだお父様はタデたちにからかわれていたようだ。

 この場を去る時は体育座りをしていたお父様だったが、地面に突っ伏しそのまま大地にめり込みそうになっている。そしてお母様たち女性陣は、お父様をからかうのに飽きたのか、他の民たちとオアシスの浅い場所で遊んでいる。


「お父……」


 お父様に声をかけようとしたが、他の民たちに「何かを作ったのですか!?」と聞かれ、揉みくちゃになってしまった。

 その対応をしながらお父様を目で追うと、半草地となった砂山を越えてトボトボと歩いている。どうでも良いことだが、あの場所は砂が溜まりやすいようで、以前お父様が砂を蹴散らしたのに元の砂山となり、雑草と砂とで陣取り合戦を繰り広げている。


「スイレン、この場を任せたわ」


 そう言い残し、スイレンの返事も聞かないままお父様の歩いて行った方向へ走った。そして砂山を登っていると、聞き慣れた雄叫びが聞こえて来た。いろいろと心配になり、急いでその方向へと向かう。


「ぬおぉぉぉ! うおぉぉぉ!」


 水に沈んだイケメン筋肉ゴリラのようなお父様は、象が鼻を動かしながら鳴くかのように、頭をブンブンと振って甲高く叫んでいる。本当に精神状態が大丈夫かと心配になったが、お父様の視線の先を辿って驚いた。


「嘘ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 見事なまでに、お父様に負けないくらいの子象のような雄叫びを上げてしまった。


「あ、姫だ」


 一応お父様を気遣ってかタデとヒイラギが同行していたようだが、私の叫び声で振り向いたヒイラギは爽やかに微笑んでいる。


「何これ! 何これ!? すごぉぉぉい!!」


「ぬおぉぉぉ!!」


 お父様の隣まで走り、お父様の謎の動きにつられ私まで左右に頭を振りながら叫んでしまった。私たち父娘の野生的な叫び声に反応し、その谷底にある本物のオアシスの色とりどりの鳥たちもけたたましく鳴き始めた。


「この途中でリーンウン国に旅立ったからな」


「私たちがちゃんと完成させておいたよ」


 先程までお父様をこれでもかと言うほどからかっていたタデとヒイラギは、お父様の肩を叩き私の頭を撫でてそう言った。


 まだ見ぬオアシスへの敵に備えお父様は保護活動を始めたが、その途中で私たちはクジャたちの元へと向かった。それを二人は見事に完成させていたのだ。

 オアシスは谷底にあるが、そこに人や動物が落ちないようにグルリと柵を巡らせ、空からの何かの攻撃に備えオアシス上空には鉄線が張り巡らせている。


「これ……編んだの?」


 その鉄線を良く見てみれば細い鉄線を編み込み、より強度を増した鉄線となっていた。

 タデとヒイラギによると、元々は植物のツルを使って編むものなので、私が思うほど苦労はしなかったそうだ。けれどこの広大な場所をカバーするのにどれだけ労力を使ったことだろう。頭が下がる思いだ。


「タデ……ヒイラギ……私のために感謝する! 家族の次に愛しているぞ!」


 そう言ったお父様はタデとヒイラギに抱きつこうとしたが、二人は華麗に見を躱した。


「お前の愛などいらない。ハコベと姫がいれば良い」


「私もナズナと姫がいれば満足」


 タデとヒイラギはそう言い放ち、どちらが私を抱っこするかで揉め始めた。その後ろでお父様はまた地にめり込みそうになりながら、静かに悲しみに暮れていたのだった。

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