第264話 お出迎え
あと少しであの懐かしい広場へ戻れる。そう思うと眠りも浅くなり、日の出よりも早くに目が覚めた。辺りを見回すとお父様とじいやはまだ眠っている。馬車で運んだ荷物を力技で運んでいるのだから、疲れていて当然だ。そう思い、お父様にくっついてまた眠りに落ちた。
「……レン……カレン、起きろ。朝だぞ」
「……あれ……」
少し眠ったつもりが思った以上に眠っていたらしく、お父様もじいやも支度が出来ていた。二人とも「疲れているのだろう」と言い、私をゆっくりと寝かせてくれたらしい。思えばリーンウン国では常に早起きして動き回っており、自分が思う以上に疲れていたのかもしれない。
「では……帰りましょうか!」
定番になっている簡易の食事は果実や生で食べられる野菜だ。それを少し食べ、私たちは王国を目指して歩き出した。
「あれは……何でしょう?」
歩き始めてすぐにじいやが何かを見つけた。いつもは山沿いを通って帰るが、山に対して斜めに小さな柵が設けられている。それも並行してだ。
「……人為的なものよね?」
まばらに生えるクローバーの上に点々と続く柵を見て呟くと、じいやがハッとしたように叫んだ。
「王国の方向に向かっております!」
「もしかしたら近道?」
じいやは王国の方角が分かる能力があるが、私は太陽の位置などから大体分かるくらいだし、お父様はその能力が見事なまでに欠損している。
ならば進んでみようと、柵と柵の間を進み始めた。
「なるほど、私たちがリーンウン国に向かった時のように、最短の距離を道しるべとして残しているのですな」
きっとスイレンが考えてくれたのだろう。嬉しさなどから自然と笑みが溢れるが、お父様に至っては「本当に合ってるのか? あちらではないのか?」と、リーンウン国の方角を指さしている。さすが迷子の常連だ。
じいやと共にお父様の迷子について茶化して歩いていると、やがて見慣れた森が見えてきた。いや、見慣れた森よりもさらに成長していた。一瞬足が止まり呆けているとお父様が反応した。
「予想外のお迎えだな」
帰巣本能は全くないが、異常に耳の良いお父様がフッと笑う。
「誰かこっちに来ているの?」
お父様にそう聞くが、お父様は意味有りげに笑い「進もう」と言う。森が近付くにつれ、じいやも何かを察したのか微笑み始めた。
森へと入ると土や植物の匂いを感じ取れ、乾燥からも解放された気がした。肌が敏感に湿度を感じ取っている。ヒーズル王国にたまにしか降らない雨を、この森はしっかりと蓄えてくれているのだろう。
そんなことを考えながら進んでいると、私の耳にも間違えようのない声が聞こえて来て思わず笑ってしまった。
『……ヒヒィン!』
『……イーヒ! イーヒヒヒヒ!』
真っ直ぐにこちらに向かってくるその声を聞いて私たちは立ち止まる。そして私の耳にも足音が聞こえるようになると、ようやくその姿を捉えることが出来た。
「ポニー! ロバ! ただいま!」
二頭はいななき、二本足で立ち上がり興奮しているようだが、私の元へ駆け足で近寄り、いつものように顔を押し付けてきた。
「うふふ。久しぶりに会ってもやっぱり甘えん坊なのね」
右と左からポニーとロバの顔を押し付けられ、その鼻先を掻いてやると目を細めうっとりとしている。
「荷車を着けるところだったのか? 馬具が着けられているな」
お父様がそう呟くと、荷物を運ぶとばかりに荷車の前に移動したので、荷物が満タンの荷車を装着した。するといきなりお父様とじいやが笑いだした。
「? どうしたの?」
「声を出さずにこのままだ」
お父様はそう言っていたずらっぽく笑い、じいやも笑いをこらえている。このままということは動くなということだと解釈し、不思議に思いながらもその場に留まった。
「…………!」
「………………!」
何やら人の声のようなものが聞こえてくると、お父様は面白がって「隠れるぞ」と小声で言い、訳も分からぬまま荷車の陰に隠れた。
「……バー! ……ニー!」
段々と声がハッキリと聞こえて来る。間違いない。スイレンの声だ! 荷車の陰から出て行こうとすると、お父様にまた止められた。
「ポニー! ロバー! どこー! 僕、カレンに怒られちゃうよー!」
泣きそうになっているスイレンの声がひどく懐かしく感じる。可哀想になり、お父様を振り切って出て行こうとした瞬間、さらに懐かしい声が聞こえた。
「スイレン様! 一人だと危ないのでお戻りください! このオヒシバがあの駄馬たちを捕まえます! 全く……きつく躾をしないとダメですね!」
その言葉を聞いたロバが「イーヒヒ!」といななくと、足音はすぐ側までやって来た。
「いた! ポニー! ロバ! 心配させないで……って、なんで荷車?」
スイレンの声がすぐ側で聞こえ、私は荷車の陰から出た。
「……カレン? カレーン!」
私の姿を見たスイレンは涙ぐみながら抱きついて来て、お父様もじいやも姿を現した。私に抱きついているスイレンの頭を撫でている。
「モクレン様! ベンジャミン様! 姫様〜!」
スイレンの後を追っていたオヒシバも私たちの姿を確認し、どさくさに紛れて両手を広げて走って来たが、私はピシャリと言い放った。
「……オヒシバ? どの子が駄馬ですって? 躾が必要なのは誰かしら?」
その私の言葉を聞いたオヒシバは顔から汗を噴き出しながら固まり、お父様とじいやは笑い、スイレンは「……カレン……怖さが増してる……」と呟いていたのだった。
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