第248話 モチ
まだ夜も明けていない中、私は厨房へと向かっている。レオナルドさんの、じいやへのトラウマからの体質のおかげで目覚まし時計いらずなのはありがたい。
昨日作った赤飯は好評すぎて大変だった。ほとんど体調に問題のなくなったハヤブサさんやチュウヒさんまで厨房に来てしまい、祝い事の中心であるオオルリさんとスワンさんまで寝室からおかわりを希望した声が届いたくらいだ。
しかし、マイとアーズを減らすわけにはいかなかった。私の中では今日がメインイベントなのだ。『明日を楽しみに』、そう言い、全員に我慢させた。今日は本格的な赤飯を教え、甘味を配らねばならない。
兵たちに、甘味を希望する者は朝食後に城に集まるよう国民に知らせてもらった。この国の皆にも食べてもらおうと思ったのだ。とは言っても、未知の甘味を食べにわざわざ来る者は少ないだろう。
「おはようカレンさん」
「おはようございます」
早起きをするのが得意な厨房の女中たちは、もう全員が集まっていた。私たちは昨日の夜にもち米を洗い、アーズも煮て煮汁も冷ましておいた。そして寝る前に、その茹で汁にもち米を浸しておいたのだ。その様子を確認していると、パタパタと足音が近付いて来た。
「お……おはようございます! すみません! 寝坊しました!」
そう言って慌てて厨房に入って来たのはスズメちゃんだ。
「スズメちゃん、おはよう。ちょうど良いところに来たわ」
スズメちゃんは昨日の赤飯に感動し、ぜひ作り方を教えてほしいと昨日から厨房に入り浸っている。もちろんメジロさんから許可はいただいている。
鍋で作る赤飯は後で女中に聞いてもらうことにし、今日は蒸し器で作る赤飯を学びに来ているのだ。
浸していたもち米をざるに上げ、水を切っている間に蒸し器の準備をしていく。量を作るだけに、たくさんの蒸し器が並ぶ光景は圧巻である。
手拭いを絞って蒸し器に敷き、その上にもち米を入れていく。蒸し器の見た目も使い方も美樹の愛用品と似ており、なおさらやる気が出る。
あとは強火で蒸すだけだ。その間に鍋で作る赤飯を作り始める。おそらく今日は赤飯も振る舞うこととなることだろう。
赤飯を女中たちとスズメちゃんに任せ、私はお借りしたすり鉢や薬研を見てワクワクとしている。私は赤飯ではないものを作り始める。
そして体感で程よい時間に蒸している赤飯のところへ行き、弱火にしてもらってから火傷に気を付けながら蓋を開け、残していたアーズの茹で汁を回し入れる。そしてアーズを入れてまた蓋をし、強火で蒸す。
いろいろなことを同時進行しながら頃合いを見計らい、蒸し上がった赤飯を手拭いごと取り出す。
「ふあぁぁぁ……!」
スズメちゃんは赤飯を見て目を輝かせている。私も今同じ状態だ。
────
蒸した赤飯を王家と厨房メンバー、そして昨日一着になった兵たちで分け、今は城中の者が広場に集まっている。
鍋で作るのとはまた違う赤飯に皆が感動し、早速おかわりコールが始まったが、蒸し器を使う方は時間がかかってしまう。なので甘味を配るために集まったここで、昨日と同じ赤飯を作ることになった。石やレンガでかまどを作るのは私たちは得意なのだ。ちなみに朝一で作った鍋で作る赤飯はもう無い。
「では一度見本を見せます」
私はお父様や兵たちに叫ぶ。実はこの時のためにお父様とじいやに頼んでいたのは、杵と臼だ。そう、蒸し器を使う今こそ餅つきをするのだ。そのため昨晩は臼を水に浸けていたのだ。今は臼にお湯を張っている。
クジャたち王家の人々や、当然のように来てくれたトビ爺さん御一行は不思議そうに私たちを離れた場所から見ている。
「まずこの杵を濡らして……」
お父様やじいやに杵を持たせるのは危険と判断し、今日はお湯を沸かしたりもち米を蒸す手伝いをしてもらっている。今杵を持っているのはレオナルドさんだ。
そろそろもち米が出来上がるので、臼のお湯を抜く。そして杵を受け取る。
「この熱々のマイを臼へ!」
お父様とじいやは指ですらも鍛えられているのか、熱いとも言わずにもち米を持って来る。そして臼に入れたところで杵の使い方を説明する。
「最初はこの杵という道具に体重をかけて、そしてこのマイを潰していくの」
気付けばほとんどの者が私の周りに集まり、しっかりと覚えようとしてくれている。ある程度マイを潰したところでさらに話を進める。
「これはこれで美味しいのだけれど、これからもっと驚きの変化をするわ」
そう言って一人二役で餅つきの説明をする。手に水をつけて合いの手のやり方を説明し、杵の先を濡らして餅をつく。
「私の力だと上手くいかないけれど、大人の皆さんなら上手くいくはずよ」
そう言ってレオナルドさんに杵を手渡す。
「良い? これを『モチ』と言うのだけれど、交互にモチをつくのよ? 二人の息が合わないとこの作業は出来ないの」
私が合いの手をすると、レオナルドさんは恐る恐る杵を下ろす。じいやの視線が怖い。
「もっと速くしていくわよ!」
速度を上げていくと、レオナルドさんもタイミングが分かってきたのか、私たちは見事にモチをつくことが出来た。
「そうしたら手に水をつけて一口大にして……」
伸びるモチを見て全員が驚いている。クジャは驚きよりも食い気が勝り、こちらに走って来た。
「そして好みのものをつけて食べるのよ! ……ちなみにこのモチは美味しいけれど、死人が出るわ。必ずよく噛んで食べてちょうだい」
私は朝から餡子ときな粉、そしてゴマ餅用のゴマも作っていたのだ。適当にそれらをまぶし、試食をしてもらう。
「なんだこりゃあ!」
一口食べたレオナルドさんが叫ぶと、兵たちも騒ぎ始めた。相当美味しいと感じているようだ。
「カレン! わらわにも!」
「クジャには後で持って行くから席で待ってて!」
そう言うとクジャはおとなしく席へと戻った。実際に食べてやる気が出た兵たちは、それぞれの臼の前へと待機する。厨房の女中たちとスズメちゃんには事前に餡子をたくさん食べさせたので、こちらもやる気満々だ。
「さぁ始めましょう!」
私の掛け声でモチつき大会が始まった。出来上がったモチは王家に配り、そしてトビ爺さんたちにも配る。オオルリさんのご両親は今日来られなかったので、後日村でモチつきをする約束もした。
兵たちの腹から出す掛け声は遠くまで響いたらしく、民たちが面白半分に見学に来たが、モチと赤飯を振る舞うと「もっとくれ!」と騒ぎ始めた。
噂が噂を呼び、午後になっても民たちが減らない。それどころか増えていた。兵たちは途中でバテてしまい休み休みのモチつきだったが、最終的にはお父様とじいやがモチつきマシーンのように全てのもち米をモチへと変貌させた。あり得ないモチつきのスピードに私が引いた程だ。
「これが本当の祝い事にやることよ!」
全ての赤飯とモチを配り終えた私は、妙な達成感に包まれていたのだった。
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