第235話 トビ爺

 何かを作ろうと鍋などを出したは良いが、何を作ろうかと悩んでしまう。しばし手を止め考えていると、いわゆる裏口である外へと続く扉が開いた。


「……トビ爺?」


「おぉ、お転婆か! 久しぶりだな!」


 クジャがそう呟くと、扉からは眉間に深くシワの刻まれた、細身のお爺さんが構わず入って来る。かなり気難しそうな顔をしているが、服装からして城の者ではなく普通の民のように見える。すると女中たちが騒ぎ始めた。


「トビ爺! 姫様になんてことを!」


 トビ爺と呼ばれるお爺さんは、顎を突き出し眉をひそめ、それは不機嫌さを全開に女中たちに啖呵を切った。


「お転婆にお転婆って言って何が悪ぃんだ!? だったらお前らもワシを『トビ爺様』って敬えってんだ!」


 女中たちは気圧され、お互いの肩や腕を掴みひとかたまりになっている。呆気にとられ、ただ見ていた私の横でクジャは豪快に笑う。


「トビ爺! 相変わらず元気そうで何よりじゃ!」


「おぅ! お転婆! いろいろ噂は聞いてるぜ」


 人の口に戸は立てられぬとは言うが、このトビ爺さんはどこからどこまでを知っているのだろう?


「しばらく見ねぇと思ったら大変なことになってたんだな。あのサギの野郎、ざまぁみろってんだ!」


 サギのことまで知っているとは思わず驚き固まっていると、トビ爺さんは続ける。


「あの野郎のせいで、オオルリも帰って来なくなっちまったしよ!」


 オオルリというのはクジャのお母様だ。クジャを見つめると、クジャが口を開く前にトビ爺さんが口を開いた。


「……あぁん? どこの村の娘っこだ?」


 もんぺに手ぬぐいをかぶっている私は、どこかの村娘に間違えられているようだ。ひとまず無難に頭を下げる。


「トビ爺、わらわの友人であるカレンじゃ。他の国から駆けつけてくれたのじゃ。カレン、わらわの母上の出身村におるトビ爺じゃ。口は相当悪いが中身は相当良い男じゃ」


「じゃあ噂の救世主がこの娘っこなのか!? ……本当にありがとうなぁ……お転婆のこともオオルリのことも、一所懸命に看病してくれてるんだってなぁ……」


 ズンズンと私の前まで歩いて来たトビ爺さんは私の手を握り、涙ぐみながら感謝の言葉を口にしている。

 聞けば、クジャのお母様がクジャを産んだ後くらいから、生家に帰るのを良しとせずサギがチクチクと嫌味を言い始め、クジャは成長と共にサギに反発し、城から抜け出しトビ爺さんのいる村にしょっちゅう遊びに行っていたらしい。母方の祖父母は病気がちだがご健在だそうだ。


「オオルリと違ってよ……なんでこんなにお転婆になったのか知らねぇが、ワシたちの村に来ても一応姫なのに威張るどころかくつろいで帰って行くなんて、姫様だなんて思えねぇよ」


 その後に続いた言葉を聞いて腹を抱えて笑ってしまった。クジャは突然村に現れては食事をせがみ、男顔負けの食欲を見せつけ、勝手に村人の家に入り込み昼寝をして帰るということをしていたらしいのだ。その頃からトビ爺さんたちに『お転婆』と呼ばれ始めたらしい。


「トビ爺! 余計なことは言うでない!」


 クジャは真っ赤になって焦っている。が、トビ爺さんは止まらない。


「お転婆の話ならいくらでも聞かせてやるぞ? 野菜がな、畑に実るってことを知らなくてよ。畑に勝手についてきて、ワシがキャロッチを引っこ抜いたら『怖い!』って泣きやがったんだ」


 その後、いつの間にか畑に馴れたクジャは勝手に野菜を収穫し、泥だらけで城に帰ると一人の家臣に散々怒られ、その家臣は村に注意をしに来たそうだ。


「あの時は見ものじゃった」


 先程まで焦っていたクジャが思い出し笑いをしている。


「あの野郎、ワシらが悪いと一方的に言い始めやがってな?」


 トビ爺さんが「お転婆が勝手に来てるんだろ!」と怒鳴り返すと、トビ爺さんに怯えた家臣は一歩、また一歩と後退し始めたそうだ。

 そしてトビ爺さんが危険に気付き、それを止めようと「おい!」と叫んだところでまた一歩後退した家臣は、そのまま肥溜めに落ちてしまったそうだ。この国では肥料は肥溜めで作っているようだ。


「結局ワシらが頭から水をかけて全〜部洗ってやって、帰る時に服も貸したらもう何も言わんようになった」


 さらにその家臣は「村に行くことは姫君の教育や遊びになる」とハヤブサさんに進言し、クジャは表には出ないが内緒で王様公認の城からの脱走を認められたらしいのだ。無茶苦茶すぎる話に私は涙を流しながら笑う。その私の姿を見たトビ爺さんは、ニカっと笑いながら口を開いた。


「救世主って聞いたからよ、どれだけお偉いさんかと思ったら普通の娘っこなんだな。いや、普通よりもお転婆よりだな」


 どうやらトビ爺さんに気に入られたようで、頭を優しくポンポンとされた。その顔は孫を見るお祖父さんのように優しい。


「……っとそうだ! 仕事をしに来てたんだった! おいっ! オメェら! 頼まれてたものを持って来たぞ!」


 声をかけられた女中たちはさっきまで気圧されていたが、急に目を輝かせ裏口へと小走りで移動する。きっとこのやり取りもいつものことなのだろう。

 女中たちでも持てる大きさのカマス袋が運び込まれ、何が入っているのだろうとその中を覗かせてもらった。中にはマイが入っていたが、まさか! という動揺に鼻息が荒くなってしまう。


「こ……これは……?」


 震える声で問いかけると、女中の一人が答えてくれた。


「マイの一種で、このマイと、リーンウン国特産のこのアーズ……赤いディーズと一緒に炊くんですよ。お祝いの時に食べるこの国の料理ですね。もうすぐ王様たちが回復されるでしょう? トビ爺の作るマイは本当に美味しいんです」


 マイを手に載せて話す女中の言葉で確信した。これはもち米と小豆に違いない。作るのは絶対に赤飯だ。


「……炊くわ……いえ、是非とも私に調理させてください!」


 いつぞやのように、カマス袋に抱きつきながら叫ぶ私に女中たちは引き、クジャは笑い、トビ爺さんには「面白い娘っこだなぁ」と言われたのだった。

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