第210話 手当て
お父様とじいやは慣れた手つきで治療にあたる。この傷口に貼り付けている植物は、森の民にとって馴染み深いものらしく、傷にも打ち身にも良く効く薬草とのことだった。
「ふむ、骨は折れてはいないようだな」
「モズ殿も折れていないようです」
お父様たちは、万が一骨が折れていた時の為にと添え木まで用意して来ていた。手や腕の処置が終わると、呆然とお父様を見つめているクジャと視線を合わせたお父様が口を開く。
「嫁入り前の女性に、こんなに触れてしまい済まないな。謝罪ついでに顔も触らせてもらうぞ」
正直に言うと、娘の目から見てもお父様は格好良いのだ。狼や狐のような鋭い目つきと、野生動物のように、おいそれと簡単に近寄れない雰囲気をまとっている。そんなお父様に「嫁入り前の女性」と言われたクジャは、スイレンに会った時のように赤面している。硬直しているのを良いことに、お父様はクジャの顔の処置も始めた。
「処置とはいえ、女性の顔をこんなことにしてしまい悪いな。ただこの薬草は効くから、しばらくこのままでいてほしい」
テープというものがないので、クジャのおでこや頬に包帯のように細長く切った布を巻いている。クジャは顔の傷が少なかったが、モズさんは目と鼻と口以外は全てぐるぐる巻きにされている。
そしてお父様は、入り口付近に置いたままにしていたカップを持ち、クジャとモズさんに手渡す。が、モズさんは両手もぐるぐる巻きだったため、カーラさんが手伝い飲ませようとしている。
「薬草茶だ。本来なら乾燥させたものを使うのだが、この状況だ。生で作ったので香りがきついかもしれん」
ふんわりどころか強烈に香るその薬草茶は、日本人には馴染み深いあの香りがする。
「……ヨーモギ……?」
この世界ではそう呼ばれているのだろう。よもぎの凝縮された香りが寝具の周辺に立ち込める。ふと、端午の節句に草餅を食べる理由を思い出した。よもぎは古くから、万能な薬草として日本で使われてきたのだ。その効能の中に、止血や造血作用もあったと記憶している。
「……味も匂いもヨーモギじゃ……」
一口飲んだクジャは、何ともいえない表情でそう漏らす。リーンウン国では、止血のために傷口に葉の絞り汁を塗るらしいが、こうやって飲むのは初めてらしい。
「傷の治りが早くなりますからの。慣れないと匂いがきついでしょうが、頑張って全部飲んでくだされ」
じいやはクジャとモズさんにそう言うと、二人は少しずつ口に含み、やがて全てを飲み干した。
「傷は治りかけていた。これで数日中には治るだろう。食欲はあるか?」
お父様が聞くと、クジャは小さく首を振る。カーラさんが言うには、ここ数日は果実水くらいしか口にしていないそうだ。
「カレン、何か食べやすいものを作ってくれ。その間に二人は眠ると良い。今はまだ聞かないが、必ず私たちが助けると約束しよう。まずは自分の体を……命を大事にしろ」
お父様が言うのと、普通の人が言うのとは重みが違う。森の民の話を知っている二人は涙ぐみながら、静かに横になる。それを見届け部屋を出ようとしたが、カーラさんだけは何かあった時のためにと残ることになった。
「ペーターさん、台所をお借りしても良いかしら?」
「あぁいくらでも使ってくれ。食材も好きに使って構わない」
部屋を出たところでペーターさんに問いかけると、そのまま台所へと案内してくれた。お父様たちはヨーモギを干したいと言うと、ペーターさんは台所に私を残し、案内のために出て行ってしまった。
食材の確認のために棚を開けると、ヒーズル王国でお馴染みの野菜が入っている。この町で種や苗を購入したのでそれは当然なのだが。そして調味料の確認をすると、塩とペパーしかない。初期のヒーズル王国のようだと苦笑いしてしまうが、あの時に作ったトウモロコーンのスープであれば、口の中を怪我しているモズさんも飲みやすいだろう。
ならば、と料理を始めようとしたが、どうにも火を起こすのが下手な私は、結局お父様を頼ったのだった。
「さてと……」
お父様がそのまま台所に残ってくれたおかげで、力が必要な細かく切った芯を搾る作業をしてくれる。今回はモズさんが食べやすいようにと、とにかくトウモロコーンの粒を細かくみじん切りのようにした。すり潰そうかとも思ったが、あまり食感が無さ過ぎても口の中が無事なクジャには物足りないと思い、あえて細かく砕いたのだ。
塩と極々少量のペパーの粉末で味付けをしていると、私が頼んだ森での採取を終えたじいやとペーターさんが戻って来た。
熱いまま二人に出すと傷が痛むと思い、水の中に鍋を入れて冷まし、それを器に盛ってクジャたちを訪ねた。
「クジャ……モズさん……汁物を作ったの……」
私たちが来たからか、クジャは落ち着き泣き叫ぶこともなく眠っている。小声で声をかけると、眠りが浅かったのか二人はすぐに目覚めてくれた。二人の体を起こし、カーラさんがクジャを、私がモズさんを担当し、二人の口にスープを運ぶ。
「……これをカレンが? ……美味い……」
クジャが呟くとモズさんもコクコクと頷いている。
「モズさん、傷にしみない? 大丈夫?」
声をかけるとモズさんは頷いてくれる。モズさんは本当は痛いだろうに、全てのスープを飲んでくれた。
そしてこの日は丸一日かけて、全員で二人の手当てをしたのだった。
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