第208話 助けて

 その日も、私はお父様たちと一緒にまだ見ぬ害獣への対策をするはずだった。


 朝食に手を付け始めた時に、森の方から叫び声が聞こえて来た。


「……! ……ぁ! ひー! めー! さー! まー!!」


 どんどんと近付いて来るその声はオヒシバのものである。


「オヒシバ!? 帰りが早すぎない!? また走りっぱなしだったの!?」


 私が声をかけながら席を立つと、お父様たちも一斉に立ち上がる。少し遅れてオヒシバの後ろから、見るからに極限状態であろう完全なる疲労困憊のハマスゲがヨロヨロと現れ「コイツの体力はおかしい……」と呟き倒れてしまった。


「ハマスゲ!?」


 朝食の場は騒然となってしまった。けれどその中で、肩どころか全身で息をしているオヒシバが言葉を発する。


「姫様! リーンウン国の姫君が泣いておられます! 助けを求めております!」


「どういうこと!? 誰かオヒシバとハマスゲに水を!」


 濾過器の近くに座っていたタデがそれを担ぎ上げ、ハコベさんがコップを持って来てくれた。二人に水を飲ませ、途切れ途切れに話す二人の説明を詳しく聞いた。

 お父様に買い物を頼まれたオヒシバは、前回の買い物の時と同様に、ほとんど休まずにリトールの町を目指したようである。そして無事に到着した二人がジョーイさんの店で買い物をしていると、町の入り口方面が騒がしくなったと言う。


「何事かと思い……入り口へと行くと……酷く混乱状態の女性が……泣き叫んでおられました……」


 どうやらその女性がクジャだったようだ。森の民の服装をしているオヒシバとハマスゲに気付くと、私の名前を呼び『助けて……』と泣き縋ったらしい。それにクジャも、近くにいたモズさんも怪我をしていたと言う。オヒシバもハマスゲも困惑して動けずにいたが、しばらくするとクジャは気を失い、ペーターさんの家へと運ばれたらしいのだ。そしてオヒシバたちは早く報告せねばと、ほぼ不眠不休で走って来たらしい。


「私……行かなきゃ……クジャが助けを求めている……」


 あのいつでも笑顔で明るいクジャが、怪我をしながら私に助けを求めているのだ。私は自分でも分かるほど顔面蒼白となり、体は震え始めている。


「怪我とはどんな怪我だったのだ?」


 突如、お父様がオヒシバに質問をした。


「あれはおそらく……石や物を投げられた痕だと……」


 推測の話だとしても、クジャがそんな目に遭っているのかと思うと涙がこぼれてしまった。


「よし! カレン! じい! 行くぞ!」


 お父様が叫ぶ。思ってもみなかった展開に頭が追いつかない。


「カレンの友人が、なぜそんなことになっているのかは分からん。だがカレンに助けを求めているのだ。攻撃をされている可能性が高いが、もしそうならこちらが多数だと戦争にもなりかねん。小競り合いくらいなら、私とじいが居れば問題ない」


 お父様はそう言い切った。私とクジャのために、お父様はリトールの町へと一緒に向かってくれると言うのだ。これほど心強いものはない。


「カレン、下手に私たちが行ったら足手まといになると思うわ。私たちはここで待っているから、しっかりとクジャクさんの手助けをして来なさい」


 お母様はそう言い、スイレンと共に私の手を握る。


「今すぐ向かいましょう!」


 私とお父様、そしてじいやは、最低限の食糧を持ち旅立った。


────


 私たちは通常、北に真っ直ぐに向かい、山脈の麓に到着すると東に向かう。だが旅立つ寸前、スイレンに呼び止められ、「森からそのまま北東に進めばやがて山脈に到着し、時間も距離も短縮可能だ」と言われた。律儀に決まったルートを歩いていたが、少し考えれば短縮可能なのを気付けたはずなのに、誰もそれに触れないのでスイレンは言えないままだったらしい。

 そしてオヒシバ方式でほとんど休まずに進んだおかげで、かなり早いペースで国境へと到着した。いつものように進んでいたなら、昼過ぎから夕方にかけてここに到着するのに、今は夜が明けたばかりの早朝だ。


「誰か起きてますか!? 開けて!」


 国境の扉を叩いて叫ぶと、門が開かれた。


「あれ? お嬢ちゃん、隊長は?」


 寝ぼけ眼のジェイソンさんの部下は、私たちを見て緊迫感の欠片もないように話す。


「この場所は何ともないのだな? 近くで小競り合いなどの話を聞いたことは?」


 辺りを警戒しながらお父様は問いかける。


「え? そんなの聞いたこともないが……あなたは初めましてだね」


「この娘の父だ。何ともないのなら良いが、少し急いでいる。通らせてもらうぞ」


 お父様をただの民だと思ったのか笑顔で握手を求めたジェイソンさんの部下だったが、ガシッと握手を返し真顔で「父」と言うお父様の言葉を聞いてだんだんと目が覚めてきたようだ。私が姫だというのを思い出し、そしてその父だということは国王だと気付いたのだろう。全力で「全員敬礼!!」と叫んでいる。


「また後で話しましょう!」


 わけも分からず敬礼をする警備隊員たちの前を走り抜け、私たちはそう言い残しリトールの町を目指した。

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